物語
□セピアの朝食
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黄色い卵焼きが綺麗な渦を巻きながら青い陶器の器に盛られた姿は綺麗だった。
淡い朱色の深皿に咲かせた小振りのジャガイモと花の形に切った人参の横に2つ3つ添えてみた枝葉の様なサヤエンドウ。
ちょいと盛ったほうれん草の胡麻和えを入れた丸い小鉢。
味噌汁には透明になった千切り大根がそっと静かに浮いている。
「芸が細かいな」
「おはよう黒たん」
朝日の向こうから聞こえた低い声に雨水の様な水色の縦線模様が入った茶碗に白米を盛りつけながら振り返ると赤い瞳がこっちを見ていてそっと笑った。
「まるで見本みてぇな和食だな」
「この世界じゃ食事の基本らしいんだ。黒りんの世界と似てる?」
「まぁな」
「そっか」
ことんという音と共に茶碗を古ぼけたテーブルの木目に置くと気難しい顔をした彼は定位置となった1番奥側の椅子の背を引いて腰掛ける。
ガタガタと重たい音が鳴った。
「小僧達は?」
「そろそろ起きるころだと…あ、ほら」
会話に重なって聞こえて来たのはトントントンと階段を降りて来る2人分の足音だ。
「おはようございます黒鋼さん、ファイさん」
「おはようございます」
「おはよ-」
「あぁ」
朝食の完成と共に全員がテーブルに揃うのはいつどこの世界で決めたわけでもないのにもう当たり前の朝の景色。
自分の向かいに座る仏頂面の彼が並ぶ朝食に向かって両手を合わせると皆揃っての頂きますはもうだいぶ板に付いてきた。
大きな手が綺麗に箸を操ってジャガイモをほっくり2つに割るのを眺めながら自分は銀のフォークで甘めの卵焼きを口に運ぶ。
子供達も見慣れない和食に興味深々ながらも銀の食器で着々と器の料理を減らしていく姿に口元が上がるのは抑えきれなくて少し困った。
だって幸せ過ぎるんだ。
ほこほことしたお米は雪の様に真っ白いのに噛むほど甘くて身体の中から温かくなった。
味噌汁を啜る音は決して澄んでるわけじゃないのに何故か心が落ち着いた。
記憶の彼方で降りしきる雪の代わりに桜が舞い散る庭を背負って殺せと言われた優しい人はただ黙々と箸を運ぶ。
自分達が作り物だって知らない子供達が自分の名前を呼んで笑うから泣きたくなって無理に笑った。
「おいしいです、ファイさん」
「ありがと-、嬉しいなぁ」
きっと遠くない未来に自分はこの絵に描いた様な幸せを思い切り振り払うんだ。
そう思ったらつきりと痛んだ心のどこかには気付かない振りをして温かい味噌汁をゆっくり啜る。
畑の肉だと聞いた豆から出来たらしいこの味噌というものはきっとみんなの血や骨になって生きる力になるんだろう。
じんわりとした温かさが心の隙間に染みていくようで二口目の途中で飲むのをやめて口を閉じた。
あぁしまった泣きそうだ。
「あれ、ファイどうしたの?どこか痛いの?」
「違うよモコナ、熱くて火傷しちゃっただけ」
「お前どんだけ猫舌なんだよ」
まさか心が痛いなんて言えるわけがないから笑うだけ笑って食事の最後に冷めてしまった味噌汁を飲んだ。
箸とシルバーをきちんと揃えて皆でまたごちそうさまと大きな手にならって空になった食器に手を合わせると子供達は自分の食器を台所へと運んで行く。
しばらくすると流し台の方から笑い声と陶器のぶつかる音が聞こえてきた。
「おい」
「うん?」
「何考えてた、さっき」
「何にも考えてないよ」
一度離しかけた両手の掌を少し思いとどまってもう一度重ねる。
食事の前後にする挨拶はいのちに対する敬意なのだと目の前の彼から教わった。
赤い瞳でじっとこっちを見つめる彼が眉を寄せたのを空気で悟る。
「ただね、いのちってすごいなって、思っただけだよ」
いのちを食べていのちを燃やす。
彼の赤い目はまるでその轟々と燃える炎のようで見ていて胸が苦しくなった。
だって彼のいのちを奪ったって自分は力強くなんか生きれない。
胸の前で合わせる掌に力を込めてそのままそっと静かに目を閉じる。
叶うならこのまま永遠に優しい夢の世界が続けばいいのになんて願う資格すらないことを祈りながら今はただ。
自分の周りで強かに生きる彼等のいのちに敬意を表した。
End.