物語

□夕暮れゴースト
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この病室は幽霊が出るんだとさ。

そんなことを努めて楽しげに告げた父親はベッドの上から窓の青空を見上げていた自分の頭を軽く撫でてそれじゃあ明日も来るからなと手を振りながら都心の会社へ戻って行った。

カラカラと控え目なレールの音が響いてやがて歩幅の大きな革靴の音も聞こえなくなる。

「ど-でもいいっつ-の」

ひとりで呟いたそれは意外と大きくて真っ白ばかりの部屋に響いて消えた。

雲がゆっくり流れてく。

ここはまだ何のにおいもしないけれどすぐにまた薬のそれに染まるんだ。

そう考えたら色んなことが面倒臭くて昨日までいた病院から少ない荷物を運んで来たスポーツバックも放ったままに昼寝でもしてしまえと横になる。

視界の端に映った風に揺れる白いカーテンの裾にふと蘇った父親の言葉を鼻で笑った。

「どうせなら、連れてってくれね-かな」

差し込む陽射はあたたかい。












夕暮れゴースト






















カタン。

物音に目が覚めると夕焼けがいきなり飛び込んで来て目を瞑った。

夕日が反射するデジタル時計は17時を越えて淡々と秒数を刻んでく。

目を焼かないようにゆっくりもう一度見た夕焼け空は丁度病室の前に枝を広げる大きな桜越しに輝いて。

それは不意に思い出した1年前の放課後の教室で見た5月の夕日と酷く被って眉を寄せた。


あの時自分は何を笑っていたんだっけ。

風で揺れたカーテンが茜色を照り返して金色をはじく。

その時ふと自分の枕の真横にも白いカーテンみたいな夕焼け色に染まる何かがあることに気が付いた。

目線を向ける。

空色の瞳と目が合った。

「…ヒッ」

それはそれは驚いたけれど驚き過ぎて叫べないままベッドのシーツを握り締めるしかない自分を見下ろす格好でその少年はそこにいた。

真っ白なパジャマと青白い肌と金色の髪と真っ青な目。

じっと自分を見つめる丸い瞳に父親の言葉がちらついた。

シーツからゆっくり手を離す。

「…お前が、幽霊ってやつ?」

意を決して呟いてみたら幽霊は丸い瞳を更に丸くしてこっちを見た。

資料室にあった地球儀みたいだ。

「なんだよ、そんなら俺、てめぇに頼みがあるから訊いてくれねぇ?」

夕焼けが一本一本にきらきら光る金色の髪を微かに揺らして幽霊は小さく首を傾げる。

なんだ。

幽霊って案外綺麗なんだ。

そんな風に思ったらなんだか酷く笑えてきてしまって身体を起こした。


幽霊との目線が縮まった。

「お前の世界に連れてってくれよ。俺のこと」

もう薬漬けも繰り返す手術も両親が見せる空元気も進んでしまう学校の授業も俺はいらない。

そう言ったら何故だか一瞬だけ泣きそうな顔をしたその幽霊はそれでもすぐに空色の目を細めて笑顔になった。

夕焼け色に夜空が混じる。

「俺は黒鋼だ。てめぇは?」

意地悪く笑って聞いてみると幽霊はようやく茜色に染まった頬を動かして内緒話の様にそっと言う。

「ファイだよ」

初めて聞いたそいつの声は耳にすんなり入って空気に溶けた。

 
 
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