夢なのに夢くらい

□夢なのに夢くらい
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列車を降りると、
そこは昔通い慣れた駅だった。

短めのホームに、
今では珍しい木造の駅舎。
一つしかない改札口には、
これ又、
以前と変わらぬ駅員が退屈そうにハサミを鳴らしていた。

『おぃおぃ今時ハサミかよ スタンプじゃないのぉ?』
耳障りなハサミの音につい腹の中で文句をたれて、
何をするでもない駅員の前をサッサとすり抜けた。

時刻は朝、何時頃だったかは良く覚えてはいない。
とても暗くて時計の針も見え辛いかったから。

駅前の広場を左に折れると、大きくカーブを描くように道が延びている。
車一台がやっと通れるほどの車道と、対照的な幅広な歩道が両側に。
この辺りには幾つもの大きな工場が建ち並んでいて、その道は敷地の間を通り抜けるように延びていた。

すれ違う人も車もない中、
金色に敷き詰められた落ち葉を踏みしめて、
私は何かに向かって歩いていた。

『もうすぐ時間だ。急がなくちゃ遅れてしまう』
所々残る水溜りの跡は雨水を吸い込んだ落ち葉で泥るみ、先を急ぐ私の足元をすくった。
幾度となく滑りかけては私は先を急いでいた。


「こんにちはっ」
誰かがささやく様に、私のことを呼び止めた。
向う先には誰の姿も見えなかった。
慌てて来た道を振り返ってみたが、やはりそこにも誰も居なかった。

「こんにちはっ」
また、少女だろう明るい声がした。
通りの向こう、
大きなポプラの幹に寄り掛かり、少女は私の方をじっと見詰めていた。

私は『ハッ!』とした。
思わず背筋の張る感覚、『ドキッ』とかも知れない。
理由は・・・
自分自身で良く分かっている。

「静ちゃんじゃない?」
恐るおそる前屈みで覗き込む私の姿は、
恐らく誰が見ても滑稽に映ったのではないかと思う。

「そう静香だよ。ふふふっ・・・」
元気そうに、そして嬉しそうに笑みを返してくれる少女
目元のシャドウの所為か随分と大人びて見え、
記憶に残るあの静香とは別人に思えた。

突然の再会に心が動揺したが、静香の笑顔に救われたような気がする。
とても懐かしく、愛しくも思えた。
私は、昔のように親しみを込めて話し掛けてみた。

「どうしてた? 元気だった?」
「えぇ、この通り。 あなたは?」
「うん、相変わらず忙しくやってるさ」

調子にのって訊いてみた。
「ねぇ、時間ある? ゆっくり話しがしたいね」

すると少女から笑みが消えた。
「でも、あなた急いでたんじゃないの?」
「いいんだよ、構わないさ。こんなの大した用じゃないし・・・」
手にぶら下げていた黒い鞄を振り上げて、通りの向こうへ振って見せた。

「あら、そうなの? おかしいわね・・・。
 でも御免なさい、私には時間がないの。もう行かないと」

『おぃおぃ、そっちから声掛けといてそりゃないだろう』
また私の腹の虫がぶーたれた。

「それじゃ連絡するからさ、携帯教えてよ?」
静香は首を傾げて応えた。
「なあに携帯って? 私んち忘れちゃったの?」
「いや、そんなことないけど・・・」
少し言葉を濁らせた。

「それじゃね、さ・よ・う・な・・」
語尾も届かぬうち、
もう静香の姿はそこにはなかった。


ハッとして目が覚めた。
枕元に置いた目覚しへ無意識に手が伸びた。
夜明けには未だ遠い。
頭の先まで毛布に潜り込み、確りと目を閉じてみた。
もう一度、少女に逢いたくて
もう一度、静香の笑顔に逢いたくて
もう一度、昔の自分に戻りたくて
毛布の中は暗闇でも、頭の中は冴えていた。
嫌なほど冴えていた。

毛布の端から
そっと右手を差し出してみた。
静香が、少女が、
そっと触れてはくれまいかと掌を差し出した。

夢なのに・・・
夢くらい・・・
好きにさせてと
思いながら。

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