話していますか?

□話していますか?
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「最近どうよ、 泣いてる?」

いきなりそんな事をきかれても、
思い当たる記憶を辿るには時間が掛かる。
だから適当に誤魔化そうとすると、また質問が返ってきた。

「どのくらい前になる、瞼を熱くしてジーンとしたのはさ?」

「しつこいなぁ、どうでも良いだろう、そんな事」
幾らか鬱陶しくて、つい顔に出てしまったかも知れない。

「悪い悪い、心配して尋ねてくれてんだよな」
お人好しの彼でも、きっと眉を顰めているに違いない。
少し気兼ねして横目で彼の顔を覗き込んでみると、
彼は『仕方のない奴だ』とばかりに薄い笑みを浮べていた。

「何時だったか、もう覚えちゃいないな」
そう答えなおすと、
「本当に?」
と間髪入れずに彼は尋ね返してきた。

「あぁ、本当に覚えちゃいないさ。
 男だぜっ、それも大の大人!」

「そんな事、全然関係ないでしょう。
 男だって大人だって、
 誰だって泣いたって良いんじゃない?」

『ふんっ!』私は鼻で笑ってみせた。

「寂しい人だねぇ、
 涙も流せないなんて。
 それじゃ死んでいるのと、
 おんなじじゃん・・・。

 だって、そうでしょう?
 世の中では毎日色んな出来事が起こっていて、
 沢山の人が泣いたり笑ったり、
 それに怒ったりしているのに、
 そんなの何も君には届いていないってことだからね。
 何かに感動することも、
 共感することも、
 何にもないんだぁー」

「おいおい、君が『泣いてるかって』ってきくから、
 『覚えていない』って返事しただけだろう。
 それが『感動』やら『共感』なんて、
 何でそんな大げさな話になるんだよ?」

「ううん、ちっとも大げさなんかじゃない。
 普通のことだよ。
 生きてりゃみんな、
 普通に感じていることさ。
 普通に『可哀そう』ってね、
 自然に熱くなったりするもんさ。」

「そうは言っても、
 そうそう他人の話に熱くなってるわけにはいかないじゃん?
 世界の何処かでは、毎日のように銃声が飛び交い、
 誰かが貧しさの中で倒れている。
 それが誰でもが知っている現実だよね。
 それは誰にでも届いているし、
 誰でも知ってもいる。
 だけど共感し考えてみたって、
 ちっぽけな自分に何が出来る?
 無駄なんだよ。
 偽善者ぶったところで何にもならない。
 何にも変わらない。」

「冷めてるねぇ、
 そんなんじゃぁ情けなくない?
 だから世の中変わらないんだよ。
 諦めたら終わりなんだよね、
 何でもさ・・・」

「そんな分かったようなこと、
 今更言うなよ」

最後にそう応えて、私は彼と別れて列車を降りた。

改札口へ向いホームを歩いていると、
今降りてきた列車の発車ベルが鳴り始めた。

『はぁっ!』とした。
もうベルも鳴り終わろうとしているのに、乗降口にしがみ付いた老人の姿が飛び込んできた。
見ると足を引きずるようにされている。
列車とホームの隙間に足を踏み外し、倒れ掛かっていた。

『あぶないっ』
とっさに駆け寄り、脇の下から身体をすくうように持ち上げて差し上げると、
するっと足が抜け上手く乗車させることが出来た。

おじいさんだった。
少し片麻痺を患っている様子だった。
手摺りにつかまって扉が閉まるまで、何度も何度も頭を下げて居られた。
列車がゆっくりと滑り出して私がホームに向き直ると、
通り掛りの二人のご老人が、私に言ってくれた。

「ありがとう」

二人には無関係な出来事なのに、
自分のことのように腰を折り、
お礼を言われた。
何でもないことなのに、
当たり前のことなのに。
『ちっぽけな事でも、変わるのかなぁ』
別れたばかりの彼の面影が浮かんだ。


彼には何も隠しておけない仲。
彼は何時でも何でも私のことを見透かしてみせる。
『僕だけは分かってあげるよ』と、
車窓に現れる。

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