拝啓、母さん

□拝啓、母さん
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 届くかな?
 わかってくれるかな?
 僕のこの気持ち
 お母さん・・・


 拝啓、そちらはお変わりないですか?
信二も美和も元気にして居るでしょうか?

もう随分皆とも
顔を合わせていませんからね。
皆はどうしているのかなぁ
逢いたいなぁ・・・って
懐かしく思い出すことが、
ここ最近多くなりました。

 こんなことを書いたら、
『きっと兄ちゃん、弱気になってるんじゃないか』って、信二や美和に笑われそうですから、この手紙は二人には見せないでくださいね。

 だって・・・そうでしょう。
二人とも、きっと僕のことを羨(うらや)んでいるに違いありませんからね。
弱音なんか吐いていたら、負けん気の強い信二のことですから、
『だったら、こっちに戻ってくればいいじゃん!』なんて、すぐに高笑いするに決まっています。

美和は優しい子だから、『頑張って、お兄ちゃん!』って、きっとそんな風に応援してくれそうな気もしますがね。
でもやっぱり二人には伏せて置いてください。

今度二人にも必ず手紙を書きます。
だから今回は、母さんの胸に仕舞い込んでいてください。
そうでないと、素直に自分の気持ちが伝えられそうにありません。
お願いしますね、母さん。


 父さんは、あい変わらずですよ。
さすがにお酒は飲まなくなりましたが、
最近はなかなか良い仕事が見つからないと参っている様です。
 もういい歳ですからね。
それに冷えてくると、身体の方も言うことを利かないみたいで・・・。
僕は『もうそんなに無理しなくても何とかなるよ』って勝手に思うのですが、
どうも部屋の中でじっとして居るのは落ち着かない様です。
なんだかんだと言っては、毎日何処かへと出掛けていきます。

 それはそれで父さんも元気でいてくれるからなので、僕の安心にはなるのですが、時々、僕と顔を突き合わせているのに耐えられなくて、それで無理しても出掛けているんじゃないかと。
そんな悪い方へも考えたりしてしまいます。

 僕は全然そんな風には考えてはいないのに、父さんは未だ気にしています。
伝わってくるんです。
僕のことを見る度に、自分所為だと、
父さん、自分のことを責め続けているんです。

 もう大昔の事なのにね。
今日まで僕のことを、どんなに世話して来てくれたかことか。
父さんには感謝こそすれ、責めたり恨んだりなんかする気持ちは、これっぽっちも有りません。

 確かにあの時は、自分がどうなってしまったのか全く分からなくて、自分でもどうしようもなかったからね。
父さんのことを凄く憎んでいた。
『どうしてっ!』『何でっ!』ってね。
言葉にこそ出さなかったけれど、僕が憎んでいることは、
父さん、感じ取っていたんだろうね。
信二だって、美和だって・・・。
それに母さんだって、そうでしょう?
一度も憎んだりはしなかった?


 でもね、あれから父さん一生懸命だった。
『悲しいなんて泣いてる暇なんかない。そりゃ贅沢だよな』
そんな風に強がりも言って、毎晩遅くまで仕事を梯子して、いつも帰って来るのは夜中だった。
随分とお金もかかってきたからね。

それに父さん、今は先の事を心配しているみたい。
父さん、父さん自身が逝った後の事を考えだしてるみたいなんだ。
だからね・・・、
僕と向き合っている時間が辛いんだと思う。


 どうしたら良いんだろう。
今の僕には何も出来やしない。
いっそのこと信二が言う様に、
そっちへ行こうかとも考えたりする。

 あの時僕も母さん達と一緒に逝っていれば、父さんにも、こんなに苦労掛けずに済んだのにね。
それに、この先の心配も掛けずに済む。


 どうしたら良いのかなぁ? 母さん
僕はもう、充分に生きてきました。
信二の分も、美和の分も、
そして母さんの分も。

父さんに見守られて、とても幸せだったんです。
だから、もう誰かがささやく「奇跡」なんてものは要らないんです。
それより、もう父さんにはゆっくりと休んで欲しい。
そう願っています。
でもそんな思いすら伝える術が、今の僕には有りません。


 どうすればいい、母さん?

この想いが天国へ届いたら、
夢の中で会いに来てください。

あれから僕はこの病室で、
ずっと眠り続けて居るそうです。

 完

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