ばんがいへん

□lointain/おにいさま
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――紫苑は、なんにも分かってないわ。……ううん、分かってる。分かってるから悔しいの。

小さい頃から、そうだった。葵に「お兄さま」なんて言いながらやたらとひっ付くあたしを、傍観して。葵があたしを相手にしないがために拗ねると、そっと頭を撫でてくれてた。転んだら取り敢えず助けてくれる葵だけど、紫苑はその後も心配して気遣ってくれてた。あたしの本当の「お兄さま」は紫苑だけだったのかもしれない。それはおそらく、最初から。

椛、と呼んでくれるのは両方だけど、あたしには違って聞こえるわ。

「椛、またこんなところに居たのか」

やれやれ、といった感じの紫苑が、歩いてくる。小さい頃からよく似ているねと言われてきた、同じ濃い黒髪が、同じ日を受ける。

「……関係無いわ」
「拗ねてばっかりだな。毎回毎回、俺の身にもなってみろ」
「じゃあ来ないでよ」
「でも、来てほしいんだろ?」

やっぱり、底抜けに優しいわ……そう思うと、涙が出てくる。涙目になりながらも、悟られぬようにきっと睨むと、ため息をつきながら紫苑は少し笑顔になった。不作為なその笑顔が、痛い。葵のように、作ってばかりの笑顔だったら、どれだけ突き放せたか。


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