想いの代償

□春
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薄ら寒いこの季節
暖かな日差しとは違い、時折吹く風は、まだまだ冬の名残を見せていた


「まだまだ寒いな」


赤い鉢巻と、赤い小袖に同じく赤を基調とした紙子羽織(かみこはおり)を着込んでいる男は、少し手をこすり合わせた


「お団子お待ちどうさまです」
「おお、すまんな。相変わらずここの団子は旨そうでござる」
「あらあら、幸村様はお上手ですね」


そう言った団子屋の女将は、こんもりと団子の積まれた大皿を、男──幸村の隣へ置いた
お茶持ってきますねー。と言って店に引っ込む女将。普通ならば非礼になるところだが、ここは幸村がよく通う茶屋であるために、誰も咎めはしない

はじめて甘味を食べたのは、まだ幼名の頃のときだったか・・・・・

幼い頃、はじめて甘味を食べてから、そのなんとも言えない旨さに虜になってしまったことを思い出し、幸村は頬を緩めた
今でこそ、甘味を50本などと、あり得ない数を消費するようになったが、昔は二本で満足していたものだ

甘味を食べる数が増えたのは、戦に出るようになってからだった。人を切るというの、はいつになっても罪悪感の拭えないもので、それを紛らすようにか、甘味を大量に食べ始めたのだ
その結果、戦の後だけ。と決めていたものが、いつの間にか、常日頃から摂取するようになり、甘味が幸村の原動力だと、周知の沙汰になるのに時間はかからなかった

モグモグと咀嚼しながら、幸せそうな表情をする幸村を見て、戻ってきた女将は、そっと湯呑みを置いて退散した


「うむ、やはり旨い。だが佐助の作る甘味の方が旨いな」

「───・・・く・・・ぃ」
「────ぅ?」
「──・・なっ・・・ろ?」

「うん?」


ふと、一息ついたとき、茶屋の反対側の、所謂"裏路地"というところから、何か争うような声が聞こえた
幸村は、頬張っていた甘味を飲み込み、まだ残っているそれを置いて、女将に一言言うと席を立った














「おいおいねーちゃん、往生際が悪いぜ」
「別に悪いようにはしねぇさ、さっさとこっち来な」


薄汚い裏路地で、下卑た響きの男の声が聞こえた。二人組の、綺麗とは言いがたい衣を着こんだ男。その目線の先には、旅人の身なりをした、一人の女性が、壁際に背を向けて立っていた

男の片割れは、女性のことをじろじろと品定めをするように見ている。そして、ニィと厭らしい笑みを浮かべた


「服だけでなく見た目もいいときた、こりゃ高く売れるな
 味見でもするか?」
「ダメッスよ兄貴、商品にゃ傷はつけない約束ですぜ」
「なぁに、ばれなきゃいい話だ」


そう言って舌なめずりをした男は、一歩一歩と、女性に近づいていく。ジリジリと迫る男に、女性もまた、奥へ奥へと足を後退させていった

やがて、女性の背中に、堅い木製の壁が触れた。それは、これ以上逃げることが出来ないことを示唆している


「へへへ、心配すんな、可愛がってやるか、ら"っ!?」


ドスッと鈍い音が響いたとき、男が、濁った呻き声を上げて倒れた。その後ろには、赤い小袖の男が
さらに後ろには、尻餅をついた、もう一人の人拐いの男が、顔色を真っ青にさせていた


「寄って集って女子を狙うなど、男の風上にも置けぬ行為・・・
 去れ、それとも某がお相手いたそうか」


そう言って、幸村が男を睨み付けると「ヒッ」と情けない声を洩らし、一目散に逃げ出していった
女性はそれを、否、目の前に立つ幸村を見て、目を見開いていた


「大丈夫でござるか?」
「ぇ、あ、はい、ありがとうございます」


鈴の転がるような声だと、思わず幸村は目を細めた
どこも怪我をしていないかと、一度女性の様子を見て、そして、僅かながらに険しい表情をする


「何故この様なところに一人で・・・・いや・・・
 近くに茶屋があります故、ひとまずはここを離れましょうぞ」


そう言うと、女性の答えを聞く前に、無意識にその腕を掴んで手を引いていった



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