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□ファインダーを覗けば…。
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「おーい、黒子って居るかー?」

「あ、はい。ここにいます」

とある日のホームルームもまだ始まっていない朝の時間。乱れた呼吸をドアに凭れながら整えて、クラスを見回す顔はおよそ3か月前に自分に無茶をお願いしてきた上級生で、あれから髪を切っていないのか、短髪だった先輩の髪は耳のあたりまで伸びていた。

「ぬわっ!?いつからそこに!!気配なかったぞ」

「すみません。おはようございます先輩」

「ああ、おはよう。それよりこれ見ろ!」

興奮しながら話しかけてくる先輩の声が大きくてクラス中が自分たちを見ている気がしてならないが、彼が持っている冊子には3か月前に提出したコンテストの名前が印刷されていて、目が釘付けになった。というか、目が離せなくなった。それもそのはずで表紙に刷られていたカラー写真に見覚えがありすぎるから。

「え」

「すげぇな黒子、お前『学生の部』で最優秀賞だぞ」

「え…え!?」

よく見ろよ!とフミヤがひったくる前に押し付けてくれた先輩に感謝の意を述べつつ、冊子の表紙を凝視する。見れば、「学生の部 最優秀賞 帝光中学校 黒子フミヤ 作品名『輝き』」とある。

「あともう2冊あるから全部お前にやる!自慢しろよ、絶対な。あと、顧問が小躍りしてたから後で呼び出されるかもしれねぇけど、頑張れ。……よくやったな、黒子!」

「…ありがとう、ございます……」

まだ表紙を見続けて、感動が追いついていなくて立ち尽くすフミヤの背中をバンバン叩いた先輩は走って自分の教室に戻ってしまった。
それからフミヤがとった行動というのは、兄にこの嬉しい結果を報告する、ということだった。

「兄さんっ!」

「フミヤ?」

「見て、見て見て見てっ!見てください!」

ずかずかと兄の教室に立ち入り、冊子を突き付ける。あまりに近すぎて、兄が近いです…というほどに近づけてフミヤは見て!と興奮をあらわに言った。

「写真が…!一番いい賞を取ったんですっ!」

「!!おめでとうございますっ!!
フミヤ、すごいですね!」

ハイタッチの後にガッツポーズする兄弟はまさにシンクロしていて、二人そろって表紙をまじまじと見つめた。

「中の講評とか読めるまで時間がかかりそうなくらいうれしいです……」

「僕も嬉しいです。今日はお祝いしなくちゃいけませんね」

「ああそうですよ!バスケ部の皆さんにもお礼を言わなくちゃ…!」

頬を赤らめたままのフミヤの頭を撫でまわし、兄はそうですね、そうしましょうと頷いた。

「絶対に喜んでくれますよ」

「はい、兄さん」

フミヤの興奮がおさまったのはお昼を過ぎてからだった。何度見ても変わらない表紙を撫でて、学生の部、一般の部、と分かれた前半を見る。一番大きく飾られたカラー写真には講評で有名な人からの数行にわたる文が書かれていて、その文字を一文字ずつ追っていった。特に写真の説明に書いていないのに躍動感やアングル・構成を褒める文以外にも、チームを信頼している様子がよく撮れていて好ましいなんて言葉が添えられていて顔が熱くなった。
それから他の人たちの作品を見ていくことにした。とりあえず、学生の分だけ。帰ってから一般の人の技術をたっぷり見ようと思いながらページを繰る。最優秀賞、優秀賞、佳作…と上から順番に見ていく。優秀賞の所に、あの先輩の作品があってすごいですね、と思いながらどんどんページを繰ると、ぱっ、ととあるページで視線が止まり、そのまま冊子を閉じた。

(……っ、……!)

叫びたい衝動を手で塞いでなんとか凌ぐ、が、頭の中がぐるぐるとしていた。もう一度、見れる余裕はなかった。

(……要らない講評を……っ!)

さっき見たようなチームを信頼している様子がよく撮れていて好ましい、なら良かった。小さなコンテストらしく応募してくれた全員の名前を賞でとらなくても載せるところもいい。だけど、佳作までは写真の掲載と最低でも一文の講評があって、…フミヤのもう一つの作品も佳作として載っていた。

「帝光中学校 黒子フミヤ 作品名『かなしみ』
講評…表情がとても良く、撮影者のモデルに対する『愛しみ』が見て取れるが、撮影者自身は『悲しみ』を感じているのだと思われる。絞り方をもう少し工夫すればさらに良い作品になっただろう。」

余計なお世話だ。だが、かなしみに込めた意味を両方とも的確に汲み取られてしまってどうしようもなくなる。
撮影者のモデルに対する『愛しみ』?撮影者自身の『悲しみ』?
…フミヤは顔を真っ赤にさせて机に突っ伏した。

「何で分かるんですか…。分かっててもそっとしておいてくださいよ……」

ファインダーを覗けば…。兄が居て、バスケ部のレギュラーの人たちが居て、彼女が居た、そんな時は終わってしまったのだ。愛おしかったあの時間は終わってしまった。僕自身は悲しみにくれながら愛しかったあの時間を愛でて、記録に残した。その事に僕はファインダー越しに涙した、こともあったけど失われたときは戻らないし、くよくよしたって仕方ないのだから。

(……赤司さんの言うとおりですね)

僕は弱い。違う世界に触れて、その世界から遠のくのが分かっていても区切りをつけられない。

「………」

最優秀を得られた作品に、皆は居ても僕は居ない。

「………はぁ………」

何で泣いてるんですか、僕。分かっていたことを突き付けられたぐらいで。


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