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□深夜の遭遇劇
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「俺としたことが…」

赤ボールペンを切らすとは、不覚なのだよ…。
ぶつぶつと呟きながら、眼鏡をかけた長身の彼…緑色の頭が特徴的な、緑間真太郎は近くのコンビニエンスストアに向かって歩いていた。

その左手には、水玉模様のがま口財布が乗っていて。
ボールペンのインクがなくなってしまって、予備も用意していなかったことは、彼の傾倒する朝の占いから見れば、ごくごく当然の運命なのだということがうかがえる。
おは朝の文言はこうだった。

『8位はかに座のあなた!今日は色々と足りないかもっ!よぉく身の回りを見てみてね!ラッキーアイテムは水玉模様のがま口財布♪年長者の言うことに耳を傾けてみることが大事だよ!』

バスケの練習を終えて、家で復習と出された課題の確認を行っている時に気が付いた。
…赤のボールペンがない。なければ困る。
明日は一時限目から英単語のテストがあったはず。隣の席の男子とお互いの解答をしなければならないのに、できないとはありえん。
人事を尽くしてないではないか。よく身の回りを見ていたはずなのだが…。
8位とは…。下位グループに入ってしまった影響か、ラッキーアイテムによる補正も限界があるようだ。

それで、時間帯的には夜…帰るころには深夜になってしまうだろう。高校生の補導時間にもなってしまいそうな10時過ぎに家を出た。
幸い、制服を着ていないと高校生には見えないらしく、自転車で巡回していたおまわりさんには「何時だと思ってるんだ!」と叱咤されることはなかった。

ピンポーンピンポーン…

やる気のないコンビニのチャイムに歓迎されて…蛍光灯の白さが眩しい店内に入る。
時間も時間なので、店内にいるのは酔っ払いの寝酒買いか、カップルの間食買いくらいなものである。

それを横目に、俺は文具のコーナーに行き、赤いノック式のボールペンを手に取った。値段は割高であるが…致し方ない。
二度と同じことが起こらないように、次にきちんと予備を用意するようにすればよいのだよ。フン…、と鼻を鳴らしながらメガネのブリッジを上げる。

朝から左手に持っていた水玉のがま口財布を開けて、お金を取り出そうとした。その時に。

「うぉっとっとぉー…っ」

例の酔っ払いがあろうことか、俺にタックルしてきた。
その反動で、小銭が散らばる。チャリチャリと金属音が立てては消えた。

「すまねぇな、兄ちゃん…っ…じゃ、俺は帰って寝るわ〜」

「待つのだよ!悪いと思うなら、拾っていくのが義理だと思わないのか…!」

俺のセリフを無視して、ピンポーンとやる気のないチャイムが鳴る。
千鳥足の酔っ払いはひらり、とワンカップを持つ手を振って店を後にした。

「何なのだよ!」

身の回りを見てみてね!というのにこれも入っているのだろうか、おは朝。

「ああ…すごい散らばってますねぇ…」

「自分でやるからいいのだよ!」

「まぁまぁ、そういわず…」

二人でやった方が早く済みますから、と。
すぐに反応したのは…チャイムと同じでやる気のない20代半ばくらいの男店員ではなく、勢いよくしゃがみこんでスカートを翻した…コンビニの客だった。
視線は床の小銭にあって、お互いに視線は合わない。ひょいひょい、と拾っていく手には小銭がおさめられて、見た感じだと商品棚の下まで転がってしまったものはなかった。

「多分、これで全部だと思います…」

はい、ご愁傷様でしたね。と、自分とは違う意味で整えられた爪を見ながら…はっとした俺は、目の前の相手を見た。

「す、すみませんでし…」

「今日のおは朝でさ、かに座、年長者の言うことは聞いといた方がいいよ、的なこと言ってなかったっけ?」

「千尋!?」

「こんばんは、真太郎君」

こんなところで会うなんて、真太郎君の言うところの運命なのかな?と茶化す彼女は…。
濃く煮出したミルクティのような髪を頭のてっぺんで団子にくくった…オシャレな花の女子大生であり、緑間家のお隣の…奥村家長女…生まれたころからお世話になっている(主に自分が、であるところが苦々しい記憶と共に蘇ってくる)奥村千尋だったから。

「な、何でお前がこんなところにいるのだよ!」

思いがけない遭遇に、真太郎は慌てた自分を隠すかのように眼鏡のブリッジを上げた。

「え?普通じゃない?大学生がコンビニにいるのって。ちょっとお腹がすいちゃったなとか、」

「こんな時間にか。一人で、女が夜道を歩くなど言語道断なのだよ」

「まぁそう言うよね、真太郎君は」

硬派だから。うん、安定の硬派具合だね。と親指を立てると、せっかくの綺麗な顔の眉間にしわが寄った。

「でも、そういうなら真太郎君だって何でこんな時間にコンビニに?おしるこ買いに来るには遅いよね?」

「ぐっ……」

そ、それはだな…。

「いや、言わなくていいわ。手に持ってるそれ買いに来たんだってわかってるから。貸して!」

あっという間にボールペンが奪われた。いや、正しくはまだそれは俺のものではないのだが。

「なっ…千尋?返すのだよ!」

「はい、年長者に逆らわない」

ついでに敬え。敬語を使え。

「俺は…」

「10カウントする間は真太郎君、動かないっ!10…9…」

!!
ぴしり、と体が固まった。ああ、いつもそうだ。
千尋…さん(不本意だが年長者は敬うのだよ)のカウントには逆らえない。逆らったら後が怖い…。
というのが身に染みてわかっているから…。
三つ子の魂百までとはよく言ったものだが、刷り込まれるようにこの10カウントにはいい思い出がなく、命令には従ってしまう。

石のようになった四肢を見て、千尋…さん(ああ、呼び捨てに慣れてしまっているからさんなど付け辛いのだよ!)が悠々と会計に行くのを見て。
ついでに好きなおしるこも買っているのも見て…。
また年上の彼女に甘えさせられたのだと気づいたとき、がっくりと肩を落とした。

「1…はい、0。真太郎君、もういいよ。…それと、はい。ボールペンとおしるこ」

「金を払うのだよ」

可愛い水玉を見て、ふふっと噴出した千尋だったが、やんわりと首を振った。

「いいっていいって。…最近、部活忙しいんでしょ?会わなくなった真太郎君との深夜の再会を祝して、おごってあげるのだよ」

曰く、金は要らない。気持ちだから、と。
真太郎君帰ろう、と手を引かれれば素直に従うしかない。
ヒールのある靴を履いている彼女だが、190センチを超える俺との身長差は30センチオーバーだ。
明るすぎた店内から出ると、一気に視界が暗くなった。
もちろん、その前に、語尾になのだよをつけるな、と言っておいたのだが笑ってかわされた。



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