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□と近代文学
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「すみません、返却お願いします」

「あっ、はい!…って、黒子くん!」

わたわた、と辺りを片付けてから視線を上げた奥村さんは…ふにゃり、と笑顔を見せてくれました。

「ごめんね、気づかなかったよ」

「いえ、集中していたようなのでタイミングを窺ってました」

その笑顔に癒されながら、新刊ですか?と山積み、平積みにされている本を見て、僕は尋ねます。

「そうだよ。今、ラベリングとかしてたんだ」

なかなか終わらないけどね、という彼女の手にはテープが握られていました。

カバーと本体が離れないようにテープで止めるんだそうです。

「お疲れ様です。昼休みにすぐ出て行ったのはこのためだったんですね」

「うん!だって、この作業しないと貸し出し出来ないから、早く色んな人に読んで貰いたくて」

昨日届いたって先生から連絡があってからワクワクしちゃって…頑張ってます、と力こぶを作る奥村さん。

制服の上からではわかりませんが、たぶん僕よりもないです、力こぶ。

奥村さんは、僕が借りていた本の返却の日にちを確認してから、お決まりの「お疲れ様でした」と言葉を言って、仕舞って下さいね、と本を僕に手渡しました。

近代文学のコーナーに僕は向かい、少し高い棚に仕舞いながら、そっと彼女の様子を見ます。

奥村さんは僕と同じ図書委員です。
正確に言うと、違うのでしょうが…本来の図書委員がやらないことまでやっています。本好きなので、本来なら上級生や顧問がやることまで任されている…、と言えば分るでしょうか。

貸出や返却は勿論、新刊の発注や、ラベリング、図書便りなどの発行をするまですべてカバーして、奥村さんに至ってはレファレンスサービスまでしてくれると忙しい先生には有り難い方なんだそうです。

僕も奥村さんの本選びのセンスは素敵だと思っているので、よく相談に乗ってもらいます。

「…奥村さん」

「なに?黒子くん」

「新刊の中で面白い…そうですね、ミステリーとかありますか?」

少し、いつも読んでる名作と違った感じの作品を読みたいです。

このような感じである程度の指針を言うと、奥村さんは少し悩んだ顔をします。

「ミステリーがいいの?そうだなぁ…あっ」

それから長机の上をぱたぱたと払って、2冊を引っ張り出しました。

「黒子くん、確かカリレオシリーズ読んでたよね?その新刊、ハードカバーなんだけど入ったよ。文庫本なら、今度映画化するのもあるよ」

タイトルをなぞると数ヶ月前に初版が出ていた、僕が気になっていた本で、少し口角が上がりました。

「ありがとうございます。さすが奥村さんですね。ボクのツボを押さえてくれてます」

「いえいえ、どう致しまして。私も楽しみにしていた本だから。黒子くんもそうかなってすぐにオススメしちゃいました。えっと…黒子くんは今日も部活あるの?」

「はい、今日は6時までですけど」

それがどうかしたんですか?と僕は首を傾げます。

「それなら作業終わってるかな!一番に貸し出ししてあげられるよ!」

ナイスアイディア!と手を叩く奥村さんですが、ちょっと待って下さい。

今の話だと…。

「奥村さん、今日残って作業する気なんですか?」

確かに、新作の中で…と言ったのは僕ですが、予約しておきます…という意味でのことですよ。

「そうだよ!新刊リクエストでラノベのシリーズが入っちゃって、先生は会議だし、先輩方も用事で手伝えないって言うし、終わらなさそうだから予め許可は貰ってるのです!」

ふふふ、と頬を緩める奥村さんは、本に囲まれた状況を喜んでいるようです。さすが本の虫ですね。ですけど。

「……奥村さん、お願いですからボクが訪れるまで独りで帰宅しようと思わないで下さいね」

必ず迎えに行きますから。

「へ?うん、勿論待ってるよ?」

じゃないと、本が渡せないもんね、という奥村さん。

本に一直線な姿は見ていて可愛いのですが、すごく不安になります。

「…そうではなくて。6時過ぎになったらもう辺りは暗くなって居るので送らせて下さいね、ということです」

「えっ、…疲れてるのに悪いよ、黒子くん」

大丈夫だよ、私は。心配されるような女の子じゃないもん。という奥村さん。

…すごくすごく不安になります。

「ボクはそんなヤワな鍛え方はしていませんし、奥村さんを無事に送り届けない方が僕にとっては悪いです。最近不審者が出ていると言いますし」

危ないですから、送らせて下さい。

真面目な表情をして見つめると、ぅ…とか、ぁ…とか言ってしどろもどろになって、顔を赤くした奥村さんは、俯いた後小さく頷いてくれました。

「ぉ…お願いします……」

それから蚊の鳴くような声で宜しく言われて、僕はもう一度待っていて下さい、と念を推しました。

すいません、僕が不審者になってしまいそうです。奥村さん可愛いです。


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