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□と透明少年
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僕の前の席の火神君は、今日もうつらうつらと頭を揺らしています。
…きっと、昨日の練習がハードだったので疲れているんだと思います。
ふらふらと揺れる大きな体の後ろで、僕は欠伸をかみ殺しました。
実は僕もかなり眠いです。
昨日の練習は倒れることはなかったのですが、吐きそうでした。
それもこれもカントクが体力向上よ!といつもの練習メニューを倍にしたのが原因ですね。
それとこの授業でしょうか。
昼食後、窓際の僕らは太陽の日差しを受けてとても心地よく、眠気にかられます。
誰も僕の気配に気づかないのを良いことに、周りを見回してみると、どうやら他の人たちも眠いようで、火神君よりあからさまに寝る体制に入っている人も。
教壇に立っている先生も仕方ないな、という体で、淡々と教科書を読んでいます。
あ、今は世界史の時間です、一応。
くるりと見回して、僕はある一点に目が釘付けになりました。隣の席の奥村さんです。
(……泣いてる…ん、ですか?)
すごく、イケない物を見てしまった気がします。
俯いている彼女は、男子がやりがちな教科書を机の前に立てる、というベタな行為の後ろで、文庫本をしっかりもって泣いていました。
はらはらと流れる涙が頬を伝って机を濡らしていきますが、奥村さんはお構いなしのようで、ページを繰っていきます。
僕は、とても綺麗なその姿を横から見ることにしました。
奥村さん…奥村千尋さんは、僕と火神君と同じクラスの、僕の隣の席の女の子です。
そして、僕も自分は文学少年だ、と思っていますが…奥村さんの場合は筋金入りの文学少女でした。
携帯している本は、ハードカバーも文庫版もあって、学校指定の鞄に入らないからと、革の鞄を別に用意して登下校をしているようですし、読むジャンルも様々手広いです。
僕は古典や名作が好きですが、彼女は本という形態ならなんでも読んでいます。
僕も本好きなので、彼女の読む本のタイトルを追うことがありますが、新刊から名作まで…どうやって手に入れているのか不思議に思います。
最近、奥村さんについて気づいたことは、図書室の本でいわゆる当たり本には必ず彼女の名前が貸し出しカードにあることでしょうか。
面白い本を見つけるのが上手な彼女なので、僕はよく奥村さんに話しかけます。
話しかける度に驚かれるのはデフォルトですが、気にしません。
好きな作家さんが共通していると、そのシリーズについて休み時間いっぱいを使うので、ちょくちょく火神君が複雑な表情をしています。
僕が饒舌なのはいけませんか?
熱が入るのは仕方ないことですよ(`・ω・´)キリッ。
奥村さんが打てば響く反応を返してくれるんですから。
体を乗り出してきて、ここのセリフが素敵だよね!と目を輝かせる奥村さんは可愛いです。
抱きしめたくなります。
普段から可愛いですけど、好きな本の話をしている時の奥村さんは特別に可愛いです。
ゴホン、落ち着きましょう、僕。
…少し話が逸れましたね。もしかしたら、火神君は僕の緩みきった顔を見て複雑な表情をしているのかもしれません。
僕はこの関係を壊す気はさらさらないので、余計な口出しをしそうな火神君がいたら、イグナイトしておきましょう。彼は顔と体に似合わずお節介なので。
聡い人なら気づいたと思いますが、僕は奥村さんに片思い中です。
さて…。もう一度彼女を見てみましょう。
奥村さんは、まだスン…と鼻を慣らしながら、ページを繰り続けていました。
(あんまり泣くと、目が腫れますよ…奥村さん)
彼女はとても感情移入し易い人です。
面白い内容の本なら笑い、悲しい内容の本なら今のように泣いています。
その様子に気づいているのは僕だけのようで、独り占めしている気分は悪くないのですけど…。
今のように泣いている奥村さんを見ていると、僕も悲しくなります。
だからそっと彼女の机にハンカチを置きました。
きょとん、とした顔が本から離れて、ハンカチを取って。すぐに僕の方を向きました。
「…黒子くん…」
どき…。きっと僕の顔は無表情ですが、心臓は跳ねました。
授業中なので控えめな声が、耳朶を打ちます。
「ごめんね、ありがと…」
借りるね、と奥村さんは一言断ってから、目元に当てて涙を吹いていきます。
恥ずかしいとこ見られちゃったな…と吐息のような呟きは僕にまで届いて、どきどきと一層心臓が跳ねました。
(うるさいです、心臓…)
「いつから見てたの?」
授業が終わって、微睡んだ空気が教室を包む中、少し頬を染めた奥村さんは洗って返すからね!とハンカチを離さず、おずおずと尋ねてきました。
彼女は女性の平均身長より少し小さいので、どうしても見上げるようになってしまうのです。
(上目遣いは反則です)
出したくなる手を抓りながら僕は首を傾げました。
「気づいたら見てました」
「…黒子くん、それ答えになってないよ。もう…」
私も気づいたら、感情移入しちゃってて泣いてたんだけどね。
困った顔の奥村さんは、ふと目を細めて。
「黒子くんって、文学少年なのと同時に透明少年だよ」
「影が薄いのは自覚しています」
サラリと言う僕に奥村さんは首を振りました。
「ううん。その意味だけじゃなくて、優しく溶け込んでて必要な存在って感じかなってね」
強いて言うなら空気?みたいな。
何ですか、それは。
(ボク、案外単純なんで自惚れちゃいますよ)
まるで奥村さんがボクのこと好きみたいじゃないですか?なんて切り返せる訳ないんで、止めて下さい。
ああでも、この感情を伝えられたなら、あなたは水のような人ですね、と言って困らせてみたい。
きっと感情移入してしまうくらい感性が鋭いあなたなら、僕の言いたいことをわかってくれるはずだから。
☆感情移入少女と透明少年