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「Good morning!! ……顔が酷いね、千尋」

「朝っぱらから……顔はもともとこの顔だ、顔色だろ」

「まあ、その顔色の原因作った張本人からいろいろ話は聞いたよ」

「そうか」

「それで、千尋はなんて返事をするつもりだい?アツシ、首を長くして待ってると思うけど」

……。気、短すぎだろ。悩んでもいいって言ったのはどこのどいつだ、バカヤロー。

「それが決まってればこんな顔してないからな、言っとくけど。いきなり告白されてみろ、焦る以前に愕然だ。……しかも、相手が紫原」

「Oh…She is too thick-skinned to understand Atsushi’s feeling.」

「……」

帰国子女め、と言わなかった自分を誰か褒めろ。
……ミッション系な陽泉は、英語の授業の単位数が多い。

(鈍感すぎる、ね……)

あまりのことに英語が出てきた氷室の言葉が、ぐさりとささった。

「千尋はまともに取り合わなかったけど、アツシはいつも本気で千尋に接してたよ」

「……分かってる。じゃなきゃ、あんなこと他人にしない…。……」

ぎゅーも、ちゅーも。
口うるさく怒ったって、他の人みたいにひねり潰すよ、と本気で怒られたことはなかった。いつの間にか特別扱いされていて、その扱いに慣れていたから…ずっと、この関係が続くと思っていたのに。

友達だけでいられなくなって、その関係を壊すのが紫原の方からだったことに、驚いてしまったのだ。彼の感情を蔑ろにただ騒いでいた自分が恥ずかしかった。

「千尋はアツシ、嫌い?」

「嫌いじゃない」

「じゃあ、好き?」

直球で聞くなぁ…さすが、帰国子女。感情表現がストレート、と茶化すと氷室はにこり、と笑った。

「好きと嫌いの二分論で語れるほどこの感情は単純じゃないけどね」

「大人だなぁ…氷室は」

「少なくとも、恋愛の偏差値は千尋より高いことは事実だね」

「ご高説ありがとうございます」

「可愛い後輩と仲のいいクラスメイトのためだから、かな」

あーもう、面倒見のいい兄貴だよ、こいつ。

「おにーちゃーん」

「何だい、同じ年の妹」

声音を作った千尋に氷室は苦笑した。

「今日は放課後に業者が来て、大量のジャガイモ置いていくんだ。
掘ったばかりだから土付いたままだし、水分っ気あると思うんだけど。スライスして乾燥棚の上に乗っけたらほどよくいいぐあいになって、フライにしたら美味しいと思うんだよ」

きょとん。とした片目は、すぐに笑顔に変わった。

「うん、何時くらい?」

「部活終わったらでいい。顧問にワガママ言って鍵借りる」

「それは早く練習終わらせないとね」

よしよし、と頭を撫でられて。すべて見透かされたようだ、良かったね、と顔に書いてあった。

「よろしく、氷室」

「はいはい」

うん、持つべきものは理解ある友達だ。
千尋が少し安心して机に突っ伏すと…ご無沙汰していた睡魔が一気に押し寄せてきて、1時間目の授業は睡眠学習になってしまった。

「千尋、テキストの痕ついてるよ」

「……ぉ、おおお。こんなはっきりついてたら、寝てましたと言ってるようなもんじゃないか」

「否定しないけど、体ふらついてるよ」

「ああ、一睡もしてないからな、力が入らない。のかも」

「全く……気を付けてよ、転ばないように」

「大丈夫大丈夫、そんなことはない」


……



って、言っていたのになぁ。朝のやり取りが一瞬で流れて、千尋はふわりと、空中に浮いた感じを味わっていた。

衝撃は、ガッ…!だけだった。

「えっ…」

千尋が出した声も、この一声だけ。

放課後になって、業者が下にいるから奥村さん受け取ってきて!と顧問に任され、ほいきた!と勝手口で受け取り手続きを済ませ、30キロはある大きな袋をおーえすおーえす、階段を上って上階に持っていく最中に、起こった。

誰かにぶつかった。その衝撃に耐えられなくて、後ろに下がった。

上りきる直前だった。踏み外した段数は1つや2つじゃなかった。

ばらばら、と…袋詰めになっていたジャガイモが階段を転がっていく。そして、千尋も…。空に手を伸ばすが、その手がどこをつかむでもなく…。

『俺、ちーちんのこと好きだよ』

落ちていく景色の中で、居るはずのない紫原の声が聞こえた気がした。

(ああ、ポテトチップス揚げられなかったな)

背面が踊り場の堅い床が勢いよくぶつかった。




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