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ケーキバイキング、いこー。
そんなメールが紫原から届いたのはまだ千尋が夢の中でうろうろとしている時だった。

朝早くから誰?と思って時間を確認してみると、やっぱり起床時刻には早くて、一瞬ムカっ腹が立ったが、その差出人と内容を見てぱっちり目が覚めた。

「何でケーキバイキング?」

疑問に思いつつ、メールをスクロールする。
ケーキバイキング、というチョイスもそうだが…。場所が最近できた…話題になっているお店で、常時30種類のケーキとサイドメニューとドリンクが楽しめるという…千尋もオープン当時から狙っていたお店というから驚きだ。

確か、チケットを手に入れるのが凄く大変だって。お菓子好きの紫原ならどうとでもしそうだが、その手段が凄く気になる。

「……あー…」

メールを読んでいくと、その謎が解けた。

「……なんで、私なんだか」

カップルシートだから取れた。だから、ちーちん、一緒に行こう?
ケーキの絵文字が並ぶその中で、何の飾りもついていないその文に、めまいがしたのは気のせいじゃない。

はぁぁ…、ベッドの中で頭を抱えた千尋。あ、寝癖ついてる…。

(私の寝癖頑固なんだよなぁ…)

根元から濡らしたぐらいじゃ収まってくれない。もういっそ洗い直しぐらいの勢いでセットするしかない。

「カップル、カップルって…」

氷室に女装させる←のは無理でも、もっと他にいるだろう。貢いでくれてる女子の中から選べばいいんじゃないのか?

ああでも、貢いでくれる女子はきっと、紫原と話したがって、ケーキに集中できないのかもなぁ。

そんな風に思って、カップルという言葉に引っかかりつつ、とどのつまりケーキ食べたい!欲がすぐに上回って、返信画面を起動した。

「い、い、よ…っと。…カップルねぇ…」

カップルっていうことは…。……デート、か。

(ちょっとはいい恰好して行った方がいいのかな…)

うーん、と悩んでいると、眠気はどこかにさっぱりと消えて行っていた。





「今日は、俺とちーちんはカレカノだから」

「お、おうよ」

カップルっぽく待ち合わせ、駅に1時ね。遅れるなだし!とメールが来て、ああいよいよ…と、頭を悩ませたのもつかの間。

高校生になるんだから、少しはファッションに興味持ちなさいよ!といつまでも娘を着せ替え人形に思っている母に購入された、少しだけ大人びたワンピースを着て、遅れないようにと10分前に待ち合わせ場所に到着すると、見慣れた紫色の彼は、駅の壁に寄りかかりながら、パリポリとまいう棒を咀嚼していた。

通りすがる誰もが彼を二度見していた。そりゃ、2メートルの巨人、慣れていなければ何回も見てしまうだろう。

千尋が不覚にもじぃ…と紫原を見てしまったのは、いつもの制服姿、ユニフォーム姿はもちろん、部屋着じゃない、…オシャレな格好をしていたからだった。

(……あのまま待たせてたら、誰かひねり潰しそうだな…)

彼から見たら小さい人がちょこまかする通りで、待ち合わせってだけでもストレスがたまるだろうに…。自分を待ってるんだ、と思ったらこそばゆくなって…格好は変じゃないか?と、持ちなれない手鏡で全身をチェックした。

「むらさきばら」

「千尋ち……」

ぐるっ!

「は?」

呼びかけて、目が合ったな、と思ったら思い切り顔をそらされた。……なんなんだ、一体。

(デートだから、可愛いかっこしてくるかな?って思ってたけどっ、破壊力半端ねーしっ!ちーちん、可愛すぎだし…!ワンピースとか…っ!)

今すぐ、抱きしめて、ちゅーしたい。うぁぁ、可愛い。ちーちん、可愛すぎっ!

「む、紫原…?」

大丈夫か?と、目の前に立って見上げてくるちーちん。

(やめて欲しいしっ!そのカッコで上目使いとか…俺を殺す気っ!?)

「ちょっと、タンマっ……。ちーちん、可愛すぎる…」

「は、ぁ?」

「何で、そんな可愛いカッコでくんの。反則だし…、髪も弄っちゃって、雰囲気ちげーし…」

「……、だって。…そういうご要望でしょ、紫原の。カップルとか、どーゆーのか知らん」

「……」

…ちーちんがデレた。…今ならちーちん病で死ねる。

「紫原?…本当に、大丈夫…か?」

「もーいい、店行くよっ!」

「おわっ!いきなり引っ張るなバカ!靴が歩きづらいんだ…!」

いつかつないだ小さい手を引っ張って。
そんなの、靴連れしたら、俺がおぶって帰るからいいし!って言ったらちーちんは、…耳赤いぞ、とふふっ、と笑った。
小さいくせに、室ちんと同い年なんだって、先輩アピールすんなよ。

「俺、ちーちんと手もつなぐし、ぎゅーもするし、ちゅーもするからね」

「おいこら!それお店の中での話だろ!?ぎゅーやちゅーに必要性感じないよ!」

「ちーちん固い。焼きすぎのクッキーよりかたい。そーゆー雰囲気で行くってことが大事デショってことだし!」

「わ、わ、分かった。紫原リードよろしく!」

ぎゅう、と握られた手が緊張で熱くて…、俺の心臓も熱くて、頭から湯気が出そうで。

「ちーちん彼女になったら死ぬ…」

「え?私紫原になんか変なことしたか?」

「んーん、こっちの話。あと、彼女はそんな呼び方しないし」

「えっと…なんて呼ぶ?むらさきばら、がダメなんだろ。…、かといって、名前呼びもなぁ…」

氷室を思い出してチャラくなる。と紫原の隠れ第一希望をばっさり切り捨てた千尋であった。

「む、むっくん。…は?」

「…、桃ちんと同じだけど、ま、それでいーや」

「ちょっ、桃ちん誰?分からん人を引き合いに出すな」


(嫉妬?ちーちん)

(いや、話についていけないだけ)

(む、彼女失格。そこは可愛く、その女誰、とか聞くべき所だし)

(そーゆーのむらさき…むっくんは嫌いなんじゃないの?うぜーとか、むかつくとかよく聞くけど)

(ちーちんは特別なの。俺のこと考えてくれれば嬉しい)

(ふーん……。じゃあ、…私のことだけ考えてればいいよ、むっくん)

……、ちーちん今日反則技多い……。ずっと、考えてるし。お菓子以外ちーちんだし!
店に入るまでに、紫原がやられた回数…2回。


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町に出たら目立つだろうな、むっくん。

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