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「試合なのー」

「へぇー」

ちーちん!とぎゅぅ…と後ろから抱きしめられた千尋は首がぐきっ、となりながら、もう慣れつつある紫の巨体のなされるままにした。
今日も今日とて、下校時にとっ捕まったパターンである。

「明日!練習試合!」

「うん、頑張れー」

バスケ部だもんなー、そりゃあ練習ばっかりじゃなくて試合もあるだろー、と適当に流すと抱きつく力が強くなって、思わず後ろを振り向いた。

「ちーちん、ほかに言うことないの?持ってくるものとかー、応援行くよー、とか…」

へにゃり…。眉が下がる。思うような返事が得られなくて、紫原はいじけモードに入っている。

「明日土曜日でしょ?部屋でごろごろしてる」

図書室で新刊レシピ本借りたし( `・ω・´)キリッ

「…ちーちんのばか、ばか、ばか。俺の応援に来てくれるとか、差し入れ持ってきてくれるとかっ…ねぇの?」

「……、紫原はそうしてほしいの?」

きょとん。と千尋が見上げる。

(…上目使いとか、可愛すぎるしっ!ちーちん!)

自覚した恋心はとどまることを知らない。ちょっとしたちーちんのしぐさに、心臓が痛いほど高鳴る。

「う、ん…」

「そう…。土曜日、ねぇ…。レシピ本見る以外は、一日中暇だから、たまにはいいかな。応援と、差し入れ、ね」

「ホント!?」

ぱぁっ!花を咲かせる紫原に、思わず頭を撫でて上げたくなったのは、秘密だ。

「あ、でも、差し入れって何差し入れればいいの?試合なんだから…ああ、レモンのはちみつ漬けとかかな」

「うん!うん!」

「そんなに…嬉しい、もの?」

紫原の、さっきと打って変わってニコニコ顔に面食らった千尋は、首をかしげた。

(うぁぁ、ちーちん可愛い、可愛いっ!)

「ちーちん、タンマ…」

「へっ?」

「俺、今なら死ねるかも」

「はぁっ!?紫原、どうした!?」

こんなに可愛いちーちん、すぐにどっかの男に浚われるしっ!俺誰にも渡したくねーんだけどっ!

「ちーちん病になった…」

「何それ」

ぽかん、と口をあける千尋。でも、そんな冗談言えるなら大丈夫だな、と…まきついている腕をぽんぽん、と叩いた。

「んーん…なんでもないし…。ちーちん、あんまり可愛い顔しちゃダメだかんね」

「うん?うん、よく分かんないけど、分かったことにする。…詳しいことは、メールで教えてくれると嬉しい。伝えミスとかあったら困るしなー。…、あ、そういえば私まだ紫原のメアド知らない!」

「!」

本日2回目。紫原の周りに花が咲いたのが見えた。

(室ちん!ちーちんのメアド手に入れた!メール、…メールするの緊張するしっっ)

(動きが面白いよー、アツシ)





「はちみつレモンよーし、タッパー漏れなーし。マドレーヌよーし、型崩れなーし」

よしよし。早起きして頑張ったっ!はちみつレモンは昨日から仕込んでたし、おまけにマドレーヌもつけたし。人数分ある。…紫原が独り占めしない程度には作った。

「…試合始まるよって言ってた時間の1時間前だったら、難なく渡せるだろう」

よしよし。もう一度うなずいて、千尋はもう熱気が溢れている体育館に向かった。

「……アツシ」

「何、室ちん」

「あそこにいるの…」

ちょい、と裾を引っ張った氷室は、開けっ放しになっていたドアからひょっこり覗く頭を示した。

「ちーちんっっ!」

「む、紫原声大きいっ!しーっ、しーっ!」

今、あぁん?って声が聞こえたっ!(相手のチームから)

「ちーちんちゃんと来てくれて嬉しいしっ!」

全力ダッシュでやってきた紫原は、千尋の言うことなど全く耳に入っていないようで。

「だから声大きいって言ってんだっつーのっ!」

ゲシッ、とローキックが繰り出されていた。

「ちーちん、痛い、らんぼー」

「…、え、痛かった?ごめん、選手なのに…。
……、ユニフォーム…似合うな」

(……。俺今日、一日中ユニフォーム着てようかな)

「ありがとー…」

「(そこでなぜ頬を染める…)そうだ、これ。差し入れ」

ん、と千尋から紫原へ。

「レモンのはちみつ漬けと、あと、マドレーヌ」

「まどれーぬ!?」

くわっ!差し入れの紙袋を受け取った紫原はその中身を探り始めて、お目当ての貝殻の形をしたそれを取り出した。

「あっ、こらっ!今食べようとするな!試合終わってからにしろ!」

あーん、と口をあけそうになっている紫原の手をはたき、千尋は目を吊り上げた。

「えー、もう貰ったもんだし、いつ食べようが俺の勝手…」

「ダーメだ。それに、紫原にだけってわけじゃないからな。氷室にも、他のバスケ部の先輩方にも分けるように」

「……えー……」

「えー、じゃない。モミアゴリラ先輩とかこっち睨んでるし…、『みんなで』食べるんだよ」

あのモテたい先輩は…いつだったか、調理実習のとき誰からもお菓子をもらえなかったっっ!とか何とかで泣きながら走っていたのを慰めたことで面識があるのだ。

「……ちーちんのケチ…」

やる気でなぁぃ…。とぶーぶー言う紫原に、千尋は嘆息した。

「……紫原には別にまた今度違うの作ってやる、から…。
が、がんばれ…っ」

「ちーちん…っ!」

ぎゅぅぅ…、と抱きしめられる。と…視線が刺さった気がした。

「見てて、絶対点なんか入れさせないし!」

「応援してる!」

じゃーねーっ!また後で、ねっ!と子供のように手を振る紫原に、千尋は控えめに手を振りかえしてから、まだ誰も座ってない応援席の一番前という特等席に腰を下ろしたのだった。
その日、陽泉高校は紫原の宣言通り、相手に1点も許すことなく勝利したのだった。

(すげー不満だけど。ちーちんから、「みんなで」食べるんだよって言われたから……)

(じょ、女子からの差し入れじゃと!?)

ドカーン、と衝撃を受けたレギュラー陣。さっそく…!と手を伸ばすと、その手はパシッ、とはたかれた。

(ウザ…何でそんなテンション高いの、ムカつくし。それに、まだ食べていいとか俺一言も言ってないし。貰ったのは俺だから、最初の一口と最後の一口は俺のものだし。
つーか、ちーちんが分けろって言わなかったら全部俺のだったんだから…勝手に食べたらひねり潰すよ?)

(そのちーちんとかいう女子は紫原の彼女アルか?)

(アツシの片思いですよー。彼女の方はよく懐いてる大型動物くらいの認識ですね)

…休憩中の一コマ。


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氷室先輩が保護者すぎる

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