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「千尋、今日のお昼あいてる?」
とんとん、と指先で机がたたかれ、レシピ本を眺めていた千尋は視線を上げた。
「?なに、氷室」
「天気がいいからね、屋上でご飯食べようか、ってアツシと」
「へぇー」
そうだね…。と言って、千尋はふ、と窓の外を見た。
「いいかもね」
空の青と、雲の白のコントラストが鮮やかで、屋上からの眺めはきっといいだろう。
「じゃあ、決まりだね」
「っと…屋上、屋上ねぇ…。レジャーシートがあったな」
「持ち歩いてるの?用意がいいんだね、千尋は」
へぇ、と感心した様子の氷室に、千尋は違う、と首を振った。
「家庭科部で花見行くのに去年だったか大量購入したの思い出しただけ。少し探すのに時間かかるかもだけど、制服汚れるよりましだろ」
「それは助かるな。きっと俺もアツシも購買行ってからだから、時間はかかると思うよ」
「了解」
あー、でも、一人お弁当じゃ浮くか…?なんて考えながら、千尋はまた空を見上げた。この天気が続くように、と祈りを込めながら。
☆
「うわー…!眺めいい!すごくいい!」
「ちーちん、テンションあがりまくりだし」
これからごはんだ、って言うのに、まいう棒を加えている紫原。そして、手に持てないから、という理由で氷室は紫原の分まで購買パン(山盛り)を持っていた。
「だって初めてきたんだ!わー、屋上!やっほーとか叫んだら迷惑かな」
「それは流石に、ねぇ」
困った顔をした氷室を見て、千尋は残念そうにしてから、小脇に抱えていたレジャーシートを広げた。
「じゃ、どうぞ」
風で飛ばないように、膝で抑えつつ二人を呼ぶ。
「お邪魔します」
「ちーちんありがとー」
「どう致しまして。……想像はしてたけど、長身の二人のパンの量はすごいな…」
両手で抱えるとか…、ありえない。
ゴクリ…と喉を鳴らした千尋は、パンの山と比べるとかなり小さく映る弁当箱を取り出した。
「アララ〜ちーちん、お弁当なのー?」
「うん。気が向いたら早起きして作ってる」
今日はたまたまね、と笑っていただきます…と手を合わせると、千尋は弁当のふたを開けた。
彩りを考えて、詰めに詰めた弁当は寄り弁…ということはなく、見目鮮やかである。その中からミニトマトをぷすり、と刺して口の中に運ぶ。
もっきゅもっきゅ、と食べながら……感じる視線に千尋はどうしようか、と悩んだ。
「………、ええと、……紫原?」
私は何かツッコミをした方がいいんだろうか?
なんというか、うん、ぶっちゃけよう。
(弁当狙ってる!?)
「ちーちん、おべんとー美味しそうだし……」
「いやぁ、うん。美味しい、けど?」
「あーん」
(やっぱり!?)
ぴよぴよ、と親鳥に対して嘴をあけるヒナのような待ち方に、ピシリ…と千尋は固まった。氷室は、我知らず…、ともくもくとパンを食べている。
「なに、たべたい、の」
「たまごやきがいい」
「……甘くないよ?だし巻だから」
「いーの」
あーん、と寄ってくる紫原に、千尋は赤くなりながら…はい、とだし巻玉子を差し出した。
もきゅもきゅ。
「……おいしー…」
ほわわわ、と口を緩める紫原。
(……お菓子類はいつも勝手に食べられてたからそんなに思わなかったけど……、これはっ……//)
恥ずかしい。しかも、あーん、て。……紫原とはそんな関係じゃないのに強要されるとか…っ。
そんな思いをごまかすように、白いご飯を食べる。今心の中で思ってることを全部真っ新にして、と思いながら食べる。
「ちーちん、間接キスだね」
「ぶほっ…っ!む、む、…紫原っっ!?」
「千尋、顔真っ赤だよ」
無言でやり取りを見ていた氷室もだんだん、ノータッチで過ごすのに飽きてきたのかからかう。
「げほっ、げほっ…、ちょっ…気管…入ったっ……!」
苦しい、と言いながら胸のあたりをしきりに叩く。どうやら気管の方に行ったご飯粒は1つや2つじゃないらしい。とにかく苦しい。
「ちーちんっ!?大丈夫?」
ひょいっ!
「ひやっっ!む、紫原!?ひ、膝っ!」
「ちーちん小さいからちょうどいいしょ。それより、気管…」
「はっ、恥ずかしいから、げほっ…下ろせっ…っ!」
何でおひざ抱っこされなきゃいけないんだ!(どっかーん!)
「げほっ、げほっ……」
「ちーちん……」
さすさす…。
紫原の大きな手が、千尋の背中を行ったり来たりする。
「は……、……ぁ……」
涙目になった千尋は小さく一つ咳をすると、大きく息を吸った。
「もう大丈夫?」
「うん……」
「よかったぁ……」
ぎゅう……、と抱きしめられると、いつもと違って全身が包み込まれている感覚に千尋はただ赤面した。
「むらさきばらっ…!」
「ちーちん、小さい…。俺の中に閉じ込めておけるくらいに小っちゃいね…」
可愛い、ちーちん。…耳元でささやかれる言葉が、いつもの上からの間延びした言葉と違って、ぞくり…と体が震える。
「や、やめ…」
「…嫌なの?」
俺はずっとこのままがいいな、って思うけど。ちーちん可愛くて、ちーちんとずっと一緒に居たい。
溜息のように、呼吸のように…するり、と入ってきた言葉に、千尋のキャパが限界を迎えた。
「…、はなっ、して、くれっ!//」
「千尋?」
「耐えられないからっ…!そんな、免疫、私にはないから!//」
お手洗い行ってから教室戻るっ!先行くぞ!
とやや早口に千尋は…逃げるようにして階段を駆け下りていく。残された二人は、千尋が忘れていったお弁当を処理し(というか、もちろんあっちゅーまに紫原のお腹の中に入ったのだが、)、ぱたぱたとはためくレジャーシートを畳んで、フェンスに寄り掛かった。
「やりすぎだよ、アツシ」
面白い見世物ではあったけど、という氷室。紫原は、片手をぶらぶらと揺らしながら購買パンを食べる。
「室ちん、俺…ちーちんのこと好きだよ」
「そうか」
「ちーちんのカレシになりたい」
「うん、いいんじゃないか?」
「室ちん、ちーちんが可愛いからって狙っちゃだめだからね。室ちんでも、ほかのだれにも渡さないから、俺」
「…そんなに睨むなよ、アツシ。俺は応援するよ」
うまくいくといいな、という室ちんの言葉に紫原は、次のパンの口をあけた。
_
むっくんにおひざ抱っこされたい