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「ちーちん」
「うわぁっ!紫原!?重い!いきなり抱きつくな馬鹿!首、首締まる…!」
「お菓子ちょうだーい。まいう棒なくなったー」
「買いに行けば良いだろ!」
「わー、優しくないしー。ゴチャゴチャ言うともっと体重かけるよ」
ぎゃぁぁ。
「殺す気か!…っ、探すから、待って…!チュッパチャプスがポケットの中にあるから…!」
「ポテチじゃねーの?」
「文句言うならやらん!!」
そもそもポテチはポケットには入らない!
「嘘だし!ちーちん謝るからイチゴミルクー」
あーん、と腰をかがめて口をあける紫原。
(……、……こいつは…)
どうしてこう…さらっと恥ずかしいことを要求するのか。
「…ほら。だいたい、いつもいつもどうして私から集るんだ。同クラから貢いで貰えばいいだろ。紫原モテるんだし」
「……ちーちん、嫉妬?」
「誰が、誰に対してだ。ふざけるな、馬鹿」
えへへ。ちーちん嫉妬だー。
違うって言ってるだろ!
「俺はちーちんと室ちんが同クラなのイヤだけどー、室ちん居なかったらちーちんのこと分かんなかったし、そこは感謝してるー」
「?何だそりゃ」
「…秘密だし、ちーちんでも教えねーし」
「……そうか。別に知らなくていいなら理解する気も出ないなー。…で?ここに来るってことは氷室に用があるんだろ?いつまでも私を潰してないで、あの女子の山に突っ込んでこい。ついでに貢がれてこい。分け与えろ」
「へいへいほー」
…。アツシがずんずんやってきた。
「室ちーん、雅子ちんが用があるんだってー。昼休み待ってるってー」
「分かった。わざわざありがとう」
「別に、頼まれただけだし」
「クスッ…そうだな。アツシは、こっちがメインじゃないもんな」
「きゃぁ、紫原くんだー、お菓子食べるー?」
「たべるー。ちょうだい?」
「私もお菓子あげるー!」
きゃあきゃあ。俺の周りにいた女の子たちが、アツシにお菓子をあげている。
こういう時、女の子のポケットって不思議だなって思うよ。次から次に出てくる…四次元ポケットみたいだ。
「氷室君は?食べない?ポッキーなんだけど」
「うん、俺も君が食べさせてくれるならもらおうかな」
「えっ///」
「ずるい、私からも食べてーっ」
きゃあきゃあ。俺が、一言そういえば、周りの女の子たちは色めきたった。
ふと視線を感じると……千尋が遠目で、うぇっ…って顔をしていた。
なんかその目、俺がアツシから初めて連絡受けたと同じ目じゃない?
(…アツシが千尋に惚れたのも、この時だったかな)
確か。確かね。
女の子たちを、笑顔であしらいながら、俺は数か月前の出来事を思い出していた。
☆
『ねぇねぇ、室ちんってここのクラス?』
『……、でか……』
後ろからかけられた声に、女子生徒は振り返り、見上げ、一言ポツリ、と漏らした。廊下側一番後ろ、という席だったからだろうが、座ったままの彼女と、2メートル越えの巨体の差は驚くほどだった。
『ねえ』
だけど、彼女はすぐに我に返り、開いていたレシピ本を閉じた。
『…ああ、じろじろ見てごめん。ちょっと驚いた。…室ちん、だっけ?名前は?』
人懐こい笑みを浮かべていた、長髪の男子。
『えーと、氷室…たつ、や?』
『うろ覚えなの?』
くす…と笑った彼女は、教室の奥の方に目をやった。
『…でも、氷室辰也ならこのクラスだよ。呼んできてあげようか?バスケ部、だよな?ええと、名前は?』
『紫原敦』
『…髪の色と苗字が一致してるとか…美味しそうだな、紫…紫芋、はまだ時期的に早いなー。ナス…ナスならちょうどいいか。来週の料理に提案して…。
あっ、ごめんごめん。ちょっと飛んでた。呼んでくるよ』
ひむろー。と、言いながら立ち上がる彼女。から、ふわり、と甘い香りがしたのを紫原は逃さなかった。
(俺のこと、おいしそーって言った奴初めて見たし…)
むしろ、そっちの方がおいしそうだし。甘い匂いしたし…。
(考えたらお腹すいてきた…)
ぐるるる…と情けない音が鳴る。
朝、いつものお菓子袋を用意しておいたのに、今日はすぐなくなって、手持無沙汰。早弁なんて、とっくに済ませたし(むしろ、購買で昼食買うし)、お菓子がないなんて…次の時間は寝よう。
もーむり。
呼んでくるのを待っている間、彼女が置きっぱなしにしたレシピ本を見た。
ケーキの形をした付箋が何枚も貼ってあって、使い込んでいるらしい本は、表表紙が折れていた。
(料理とかすんのかな)
俺のことを、おいしそー、って言った彼女ならきっと、おいしーものを作るんだろうな、と思ったら、さらにお腹がすいてきた。
『やあ、アツシ、待たせてゴメン』
『室ちん、おせーし。お腹すいたし』
『?後半は関係ないんじゃないか?』
ぎゅるる…、とまたお腹が鳴ると室ちんはクス…と笑った。
『雅子ちんが、ユニフォーム渡すから放課後職員室だって言ってたー。で、室ちん、さっきのあの子はなんて言う子?』
『さっきのあの子?…ああ、奥村千尋?』
『俺のこと見ておいしそーとか言って、甘い匂いしてた』
『千尋は家庭科部だからね。ああ、アツシはそれでお腹すかせたんだな』
合点がいったようで、室ちんは笑顔でわらってた。
…笑うなだし。でも。さっきのあの子は…。
『…ちーちん…。うん、ちーちん、家庭科部なんだ…』
へらり…、と顔がゆるんだ。
『そうだが、何か問題でもあるのか?』
『!!』
驚いたし!すげー、俺驚いたし。室ちんだってびっくりしてたし。え、ちーちん?
『自分の席の近くで自分の話をされるのはあんまりいい気がしない、ので、やめてほしい。あと…、紫原。紫原だったよな。あいにく持ち合わせが少ないが…少しの足しにはなる、と思う。やる』
『え…、飴ちゃん?』
ん。とちーちんが突き出したのは、色とりどりの大玉飴だった。
『いいの?』
お腹なってたから、と指をさすちーちん。
(優しい…)
『いいの。もう休み終わるから、話が終わったならさっさと戻れ』
『ありがと、ちーちん!』
ぎゅーっと、その袋を抱きしめると、心臓が痛くなった。
飴ちゃんは、俺にしては、大事に大事に食べた。
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ひとめぼれ。で、べたぼれ。