krk

□2
1ページ/1ページ



「あ、ちーちんだ」

そのほわほわした声を聞いた時に奥村千尋は固まった。ぎ、ぎ、ぎ…と油の切れた機械のようにぎこちなく振り向いて、紫の巨体を確認すると、一目散に逃げ出した。
逃げたのだ。逃げ切れるはずだった(なにせ、300mは離れていたのだから。それに足は遅くないと自負している)。
なのに、何故こうなる…。

「アツシ、千尋の首締まってるよ」

「…、…重、い…」

「こうでもしねーと、ちーちん逃げるし」

「…、…(く、るし…)」

あっちゅー間にとっつかまえられ、のし掛かられ、というか抱きつかれている。普段なら絶対に手の届かないさらさらな紫の髪が頬に掛かり、動悸がするのは…気のせいだ。

「俺はそうなっても寮に帰ろうとする千尋の精神がすごいと思うよ」

「誉めるなら、…このクマ退かせて…」

無理!もー、膝ガクガクする…。と、面白がるだけの氷室に訴える。何かよりどころがなくちゃいつつぶれ饅頭になってもおかしくないぐらいに、ぶるぶる震える膝が憎らしい。

「…アツシ、本気で千尋潰しそうだよ。せめて手繋ぐとかにしたら」

アツシの力をふりほどくのは千尋には無理だろう?と聞かれて、縦に首を振った。

「…ちーちん逃げない?」

疑い深い紫原に問い詰められ、体の力を抜かない程度に息を吐いた。

「…逃げても部屋まで付いてきそうだから諦める」

「じゃあ、手つなごう」

「逃げないって言っただろ、別につながなくても…」

歩き辛かったらしく、あっさり上から退いた紫原は千尋の荷物を持ってない手を攫った。

「ちーちんの手小さいねー」

…大きな手だ。…バスケとか、球技やってる奴って大きくなるとか聞いたことあるけど。…自分の手がすっぽり覆われると心臓がうるさくなった。

「普通だ、普通」

照れ隠しに突っ放して言うと、紫原は鼻歌を歌いながら、ブンブン手を振った。
…腕千切れるぞ。主に私の。

「プッ……父親と娘?」

身長差を表すような手振りで、比べた氷室が噴出した。

「氷室…笑うな!」

「怒らないのー、ちーちんが小さいのは仕方ないし」

「紫原が大きすぎるんだって!私の背は女子の平均以上だ!」

「はいはいー」

バスケやってるだけあって手デカいな…って思った私はバカだ。

「ったく…」

ぶつぶつと文句を言いながら、紫原の大きな歩幅に合わせて小走りに(合わせてくれる、という気遣いはないらしい。まぁ、期待してないけど)。

「そうだ、ちーちん。お菓子ちょうだい」

…なんだ?いきなり唐突だな。

「…今手に持ってるまいう棒を食べれば良いんじゃないのかなー。というか、何それ新作?」

「新作。まいう棒は別だし。バスケでお腹空いたし。でも甘い匂いするしー」

「私、紫原にあげる義理ないよ」

「室ちーん、ちーちんがお菓子くれない。ちーちんの手、ギリギリしてもいーい?」

握力…握力がっ…!手がミシミシっていったよっ!?

「いたたたっ!なんかうまいこと言って脅迫するな…!」

ぐぎゅるるる…。紫色の眉が下がると、寂しい音が鳴った。

「お腹すいたー…」

(くっ…)

…垂れ下がった耳としっぽが見えるのは、私の幻覚だ。目がおかしいんだ。そうだろ!(←誰に同意を求めてるんだ、私は)

「今日は水曜日だから家庭科部お菓子の日だろう?アツシも俺も狙ってたんだけどな」

「…お前ら揃ってグルなのか!タチ悪いな!氷室まで便乗なんて…」

なお悪いわ。つまりアレか。出てきた時から私の手荷物の中身は狙われてたのか!

「室ちんは他の女の子から貰ってたし」

「オイコラ。貰ってんのにまだ貰う算段なのか」

「くれるって言うから、ありがたく。お礼は手の甲にキスしたよ」

「…キス魔め…。帰国子女だからって、紳士気取りか」

室ちん、女の子大好きだしねー。と、さして興味なさげに間延びした声が隣から。
でもね、といきなりの紫原のどアップに、千尋は足を止めた。

「俺はちーちんだけー。ちーちんだけからもらうからロールケーキちょうだい?」

いいでしょー。とでも言うような、うかがいに。

「っ!?//」

「…千尋?固まってるけど大丈夫?」

氷室までのぞき込んでくるくらい、千尋は固まった。

「ば…っ!馬鹿じゃないのか!他の子から貰わなかったから、私から貰えるだろうなんて考えが甘い!」

「顔赤くして言われても」「説得力ないしー」

このコンビは…っ!

「…手が届くなら今すぐ頭をはたきたい!!!」

…今度、モミアゴリラに頼んでおこう…!先輩を敬え!も徹底してもらおう!何だってこの2人は私をチビ扱いした上、からかうんだ…!

「ねー、室ちんみたいにちゅーしないとくれない?」

「そんなのは要らん!//紫原までキス魔になる気か!」

「ちーちんが欲しいならあげるし。ちーちんならいいよー」

「はいはい。寝言は寝ていえ。コレは、私は独り占めで食べたいデス」

「そんなん選択肢にねーし。俺が食べるの決定だし。ばか」

なんで、俺の言いたいことわかってくんねーの。ちーちんにちゅーしたいからだし、ちーちんが独り占めまでして食べたいケーキ食べたいからだし。
ちーちんのばーか、ばーか、鈍ちん。

「もういい、室ちん、ちーちんの部屋にゴー」

「OK アツシ。確かに乗り込んだ方が早そうだ。千尋、コーヒーあるかな?」

「甘いのがいいー」

って断れないフラグ立った!!

「ちょっと待って!せっかくなんだから落とす。…紫原にはウインナコーヒーにでもしてあげればいいんでしょ。時間かかるから先に荷物置いてこい。いきなり女子の部屋に入れると思うな!」

ずびしっ!と指さしたときの二人の顔は面白かった。

「sorry 千尋。考えてなかったよ、千尋も何かと言ったって女の子だったね」

「…!…紫原、…当たり分を気持ち多くするから今すぐ氷室をひねり潰してくれ」

このグサッとくるセリフを吐いた片目を!

「わーい。室ちん覚悟ー」

「喜んでこっちに向かってくるな…!アツシ」

(俺ちーちんの部屋入るの初めてだし…)

途端にそわそわしてきた紫原に、「トイレなら我慢して!」と言った千尋は紫原にチョップ(かなり痛い)されたのだった。


_
一方的にべたぼれ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ