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「……またやられた…」

へたり…と床に膝をついで、拳を握る。こみ上げるのは悔しさ、そして呆れだ。
むなしくも目の前にあるタッパーは空。10分前にはきれいに並べられていたガトーショコラがものの見事に消え失せていた。ご丁寧に付け合わせの生クリームまでない。

「私の晩ご飯兼夜食がぁぁ…」

顧問に呼ばれて明後日のメニューの確認に行くんじゃなかった…!悲痛な叫びが響く。
隔日で開かれる陽泉高校家庭科部の2年生筆頭…得意料理は和食全般と焼き菓子、である奥村千尋(17)は、調理台の上を見てうなだれていた。この状況は初めてではない。

「アララ〜、ちーちんどうしたのー。床にへたってたら制服汚れるよー」

よいしょ。
相変わらず軽いね、ちゃんと食べてる?なんて小言を言いながら、片手で千尋を引っ張り上げたのは…。バスケ部の紫の巨人こと…紫原敦だった。

「誰のせいだ、誰の!」

キィとヒステリックな叫びを上げながら、彼を睨む。

「んー。俺知らなーい」

「嘘付くのはその口元の生クリームらしきものと、お前が歩いてきただろう道に落ちているガトーショコラらしき甘い匂いがする物体の言い訳をしてからにしようか」

食べ方へたくそだな、おかげで誰が犯人かわかるが、と皮肉めいていう。

「ちーちん鋭い、バレたー」

ほわほわ、と間延びした声。紫の長い髪から覗く目は緩みきっている。どこに喜ぶポイントがあったのか誰か教えてくれ。
首が痛くなるほど見上げなきゃならない背は2mを越しているらしい。甘いもの好きの巨体なんて…クマかっ!

「おいしーよ、ちーちん。ぜつみょー」

「そうか……。まぁいいよ…。食べてしまったものは戻せったって原形ないだろうし、食べる気もしない。だけど、最後の1つらしい、手に持ってるそれ寄越せー!」

「ちーちんよく俺の手元見えたねー。こんなにチビなのにね」

よーしよし。偉い子ー。とでもいいたげに三角巾の上から大きな手が感じられた。

「うるさいわい!撫でるな!それに、私の背は女子の平均身長より高いよ!チビで一括りにするな!むしろ、先輩なんだからそういう風に扱え!」

「俺からしたらチビだよ。えっと…何センチ?」

「165!」

「へぇー」

ぱくっ。聞いておいて興味ないのか!って!

「あっ!紫原!それ!」

「(もぐもぐ)んー?」

「寄越せって言っただろう!」

「そうだっけ?」

「そうだよ!」

「うるさい、うるさい。…このまま食べきったらちーちん怒ってうざいだろうしムカつくし。俺ひねり潰したくなるだろうし」

美味しいんだけど、いいや。

「じゃあ、はい。味わってお食べー」

「んぐっ!」

(突っ込み過ぎだ!バカ!)

ケホッ…。せき込みながら咀嚼する千尋を見ながら、クマは笑う。

「ちーちんだって食べ方へたくそだし」

「それは紫原がいきなり突っ込んできたからだろ!普通あの量一口で、とか無理!」

「えー」

「…悪気がないから怒り辛い!」

「…ちーちん…」

「ん、何だ。紫原。言っとくけど私は勝手に食べた」ペロッ…「む、…紫原!?何を!!//」

「生クリームついてたし、舐めちった」

ぺろ、と赤い舌を出す紫原に、千尋は一気に状況を理解して爆発した。

「は、はぁぁ!?唇…舐め…!//」

「ちーちん顔赤いよー。りんごみたい」

「だっ!誰のせいだ!誰の!」

見るな!と片手で顔を隠しているが…耳まで真っ赤である。

「俺がキスしたから?ちーちんってウブなんだねー」

「誰がキスなんてしろって言ったー!」

「俺がしたかったからだし。やっぱりちーちんうるさい…キスくらいで」

真っ赤になってて可愛いけど、俺うるさくされるの嫌いなんだよね。
ぞくっ…。いつもの気怠げな表情が締まる、と千尋の背筋が伸びた。
なんたって、バスケ以外のことにはねじがゆるいのに…。そのモードになると、噛みつかれるような、骨までしゃぶられてしまうような圧倒的な畏怖が湧いてくる。

「だから、黙って俺にキスされるといいし」

「〜〜っ!」

中腰になって、顔の赤さを隠していた小さな手を払って。固まってるけど、一応逃げないように後頭部に手を回して。

ちゅ…。

「…っ、む…紫原…」

「…黙れって」

噛みつくように唇を貪る。

「んっ…!ふ…」

ぎゅぅ…と目を瞑って震えながら耐える千尋。

(ぁ…ヤバ。可愛い…)

甘いし、ふわふわだし…。いっつも美味しそうな匂いしてるし…。

「ちーちん、立てなくなったら、俺が寮まで送ってあげるからねー」

「はっ?!待て、何する気…で…っんんっ!?//」

小さな唇をこじ開けて、ほろ苦いような、甘いような味の咥内へ。内壁をたどり、歯列をなぞり…千尋の中を堪能する。息も忘れれて、体を竦める千尋。

(息しないと死んじゃうよー?)

縮こまった舌に絡むと、ひくり…と喉が鳴った。柔らかいし、今まで食べてきたお菓子の中で一番甘いかも。

「んっ…ぁ…っ、あっ…」

でも、これ以上やったら酸素不足になっちゃうかな。…舌を少し絡ませてから、唇を離すと、かくん、と千尋が膝から崩れ、繋がっていた糸がプツンと切れた。

「はっ、はっ……ぁ」

途端に千尋が息を吸い込む。

「ちーちん顔えっちいよー」

「…そんなの、知るか…っ…」

「そんなこと言うとまたキスするしー」

「…っ」

「立てる?」

冗談でもいうな、と紫原を睨みつけながら、ぐっ…と膝に力を入れてみるも、立てない。

「……無理…」

ばかやろー。

「アララ、腰抜けたちーちんも可愛いー」

「……いいから…、おんぶ。荷物持って寮まで送れ」

「はーい。鍵掛けるんだっけ?」

「…火元と窓の施錠は確認済みだから、鍵だけ」

分かった、と首肯した紫原は千尋を背中に乗っけた。

「ちーちん軽いね」

「…楽しそうに言うな…」



(室ちーん)

(アツシ…と、千尋?何で負ぶさってるの?)

(聞くな…!非常に不本意なんだ!)

(ちーちん食べてたー)

(紫原ぁあ!黙れぇ!)

(セックスしてたってこと?やるなぁ、アツシ)

(氷室も黙れ!この泣きボクロ!)

(違うよー。今日はまだキスだけー)

(まだって何だ!いや、言うな!聞きたくない!)


_
むっくんは狙う気まんまん。

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