願いを流れ星に込めて
□星三十六夜
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ガチャ、というドアの音。そして。
「お帰り、星海…。大変だったんだって?御原が重症で帰ってきたよ。研究員と、そのほかは戻ってきているのに星海だけが一緒じゃなかったから気が気でなかったな」
などと軽口をいうボスは、星海の部屋に何気なしに入り、いつものように深藍色の髪に口付けようと星海に近づいて、はたと止まった。
「……それは、誰?」
小さな違和感。
彼は、安楽いすとは別に備えられている天蓋付のベッドの中央に何かが横たわる姿を見つけ、目を細めた。星海が滅多に電気というものを使用しないため、部屋が暗くてよく見えないが、小さい子供…か?
「ボスが欲しがっていたZの新人ですよ」
彼の問いに星海は事も無げに言った。
「!…黒ネコか?」
「いいえ…黒ネコには逃げられてしまいまして。殺戮女神の方です」
「…ほぅ…。あの…仮面の少女か」
素晴しいな、星海は…。
Zにいる誰よりも優秀で、素晴しいアリスの使い手でありながら…才溢れる女性。
「そんな君が私は愛しいよ」
ニヤニヤとした笑いを含みながら紡ぐボス。
「……(無視)。殺戮女神ですが…御原幹部との戦いでアリスを消耗していて今のままでは使い物にならないと判断したので、連れ帰りましたがしばらくは治療に専念させてください」
「星海が言うならばそれが一番いいのだろうね。星海にすべて任せるよ。良い頃合だと思ったら研究部に連れて行って洗脳してもらえばいい」
「ええ、そのように」
お疲れ様、星海。今日はもうゆっくり休むといいよ…。治療といっても、君のアリスは使い続けると体に負担をかけるんだから。焦らずにやるんだよ。
ボスは星海の髪ではなく唇にリップ音がなるような軽い口付けをして部屋を出て行った。
ボスの足音が聞こえなくなってから星海は唇をごしごしと袖で拭った。
「……。いつ、ボスに口付けされるような身分になったのかしら」
いつの間にかさらわれて、いつの間にか、かつてと同じように鳥かごの中にとらわれて愛でられている。
「…きっと私、男運が悪いのね…?」
星海は自問自答して勝手に結論付けた。
「あなたも…そうでなければいいのだけど。千悠…」
星海は安楽いすから立ち上がり、優雅なしぐさでベッドのほうに向かい、死んだように眠る彼女の娘を眺めた。
「私そっくりの顔、髪質…アリスも同じだったわね…。上手く使いこなせていないようだけど…あの人の面影なんてないんじゃないの?って思っちゃうぐらいにそっくりね」
さらりと前髪をなでて微笑む。
「髪の地色だけはあの人の色かしら」
闇色の黒。
だが、星海は千悠が怒り心頭で御原を攻撃したとき、千悠の髪色が自分と同じ深藍色に染まったことを知っていた。その場から、『存在を消すアリス』で見えも存在もしない状態ですべての戦いを見ていたのである。
「…私たちのアリスの本来の使い方は…流れ星にお願いするように、心を込めて真剣にやること。
でも…同時に、本来の使い方は不安定でもあるのよ?アリスが使えないことがあったでしょう…。
あなたの場合はまだ小さくてアリスも未熟で、許容量も大きくないからなおさらね。そして、明らかにアリスの使いすぎも原因してるわ…。
私たちは…細く長く願い続けなければいけない。多くを望むことは許されないタブー…これは私にも当てはまること。大人になっても3つ…3つ同時に望むことが精一杯でど派手なアリスは使えない。なのにあなたったら…」
コツン
咎めるように額を叩く。
「大気のアリスに爆破に火も使って…何考えてるのよ。それに危力系に所属させられて一ヶ月に何回も任務があって大規模なアリスの消費…。よく今まで死に掛けなかったわねと褒めてあげたいぐらいだわ…バカ…」
バカバカバカ!
もはや自棄である。
「…でも…それぐらいみんなの事が大事だったのね。特に日向棗君なんて」
ちゅーして石化解くぐらいに愛しちゃってるんだし?(にやにや)
お母さんに詳しく聞かせなさーい!なんて言ってぎゅーって抱きしめながら照れて暴れる千悠と恋愛トークする絵が星海の頭に浮かんだ。
「親子で会話をするのも…お友達が助けに来てくれるのも…あなたがよくならないといけないのよ、千悠。『さぁ…治していきましょうね』」
星海がアリスを使うと千悠の体は、彼女のアリスストーンと同じ、虹色に輝き始めたのだった。
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