願いを流れ星に込めて
□星三十五夜
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ごほっ
「――様?!」
彼女の側に仕えていた侍女は血相を変えて彼女の元に駆け寄った。
彼女の胸元には濃い色の血がべっとり付着している。それを見た侍女は急いで、助けを求めに人を呼びにいこうとし、ドアを開けようとした。が…。
「『待ちなさい…』」
ぴたり、と侍女の体が止まった。
「どこに行くの?」
安楽いすに座っていた彼女が上体を起こすと、侍女が止めに入った。
「――様!動かれてはなりません!今すぐ誰か医に明るいもの呼びに行きますので」
「……結構です」
ただ一言。それだけで侍女はその場にひれ伏した。
侍女の上司から彼女の命令は絶対だと教え込まれているからだ。
「……私は確か、あの人に…何を見ても動じない侍女を、と頼んだはずなのですけれど…ねぇ…」
「…っ!確かに、確かにそうですが。――様が、ご病気だったとは露知らず…訳もなく混乱させてしまいました。申し訳ございません」
「……」
そう、と彼女は呟いて、彼女はまたいすにもたれかかった。
「……あなた…医療班はいいから、あの人を呼んできてくれないかしら。『――が飛び立つ』そう言えば付いてくるから」
「しかしっ!」
「『おしゃべりな口…。同じことを言わせないで?』」
「っ…」
はっっ…ぁ…
がくん…とあどけない顔をした侍女が膝を床につけた。一瞬呼吸が止まったのだ。
「『…それだけ伝えたら、また小鳥のように喋ってもいいですよ。さあ、行って?』」
彼女が言の葉をつむぐと、侍女ははじかれたように立ち上がり、辞去の礼も忘れて飛び出していった。
「……無駄に力を使ってしまった……」
彼女はまた1つ咳をした。
「忌々しい体…、この程度も耐えられなくなるとは…」
そう言うと、彼女は部屋に唯一の羽目殺しの丸窓から空を見上げた。
空は月と星を抱えて静かに横たわっている。
「……」
彼女はゆったりとした長い髪をたなびかせ、まるで自身が星空であるかのようにその髪に光を集め始めた。
キラキラと秋の空は澄んでいて彼女はすぐにでも溶けていってしまいそうだった。
「――」
「…随分お早いお着きですね」
彼女が現れた人を見ると、今まで集まっていた光は幻のように霧散した。
「大事な鳥が主人の了承を得ずに飛び立つと伝えられたらさすがにね」
「あら…こんな古参の鳥なんか早く放して若くて可愛い小鳥さんを沢山飼ったらいかが?」
「冗談を。――、君はどんな鳥よりも魅力的で放しがたい」
彼は含んだ笑みを彼女に向け、深藍色の髪を一筋掬うと愛しげに口付けた。
「…頼みがあります」
「おや、珍しいね」
大げさに驚くそぶりを見せた彼が、実は苦手な彼女は気取らせないように注意をしながら彼を見た。
「長い間この部屋に居ましたが、久しぶりに外に出たくなりました。どこか森の空気でも吸わせていただいて、ゆっくり温泉になど浸かりたいものです」
「んー…そんなこと言って逃げたりしないかな?」
くすくすと笑う彼は思いがけない彼女の頼みがおかしくて口元を押さえている。表情は未だ柔らかいが、独特の鋭い目つきは彼女を探っていた。
「自分からあなたを離れたりしません。嫌ならとっくに逃げております」
「それもそうだ。案外あっさり攫われてくれたのには吃驚したんだから」
「こちらの方が居心地がよかったのです。他意はありません」
そんな理由で、と首を振る彼を横目に彼女はまた空に視線を移した。
「いいだろう。――が無理をしてまでは行かないと言うのだから、こちらも妥協しなければね。但し…」
必ず私の元に帰って来るんだよ?それと……
「途中でアリスを見つけたなら、君の力で引き込んでくれないかな?万年人手不足でね…。少し困っているんだ」
「まあ、ではZも崩壊でしょうか?新しい寝床を捜さなければ。大変大変」
「…冗談だよ、――」
「ボス…。仮にも組織の統率者が軽々しく冗談はいかがなものかと思いますけれど?」
「ふ…」
彼はニヒルな笑みを浮かべ、「明日出立だよ」というと彼女の髪の毛にまた口付けて立ち去った。
「『最後に、あの子に』」
会いたい。
キラリ、とどこかで1つ星が流れた。
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