呼び出された部屋にはルーファウスとタークスの連中がいた。まあ座りたまえ、と高圧的で偉そうな態度は相変わらずだ。
「仕事の内容を、手短に頼む」
ああ、イライラする。考え込んで理由に気がついた。
香水だ。この部屋の誰かがザックスのつけていた香水をつけているんだ。
ただ似ているだけかもしれない。数年もたっているんだ、匂いなんて正確に思い出せるはずがない。だが、無性にイライラする。
「モンスターの討伐だ。最近、この近くの森のモンスターがエッジまで食料を求めてやってくる。どうにかしてほしい」
「そんな話、聞いたことがないぞ」
「なんでも屋はエッジを留守にしていることが多いと聞いたが?」
「……」
言われてみればそうだ。エッジの近況など、よく考えたらわからない。ティファとも最近は会話がおろそかになっている。
「……森にはある噂があってな」
突然ルーファウスが真面目そうな顔で口を開いた。なるほど、気持ち悪い。何かの前触れだろうか、奴が目の前の人間と対等な場所まで降りてきて話をするなんて。
いつもとは微妙に違う態度に警戒しつつ、その口から何が飛び出すのか慎重に待った。
「そこの奥地にある湖で、死んだ者に逢うことができるらしい」
どきり、と胸が跳ねるのを感じた。
今、なんといった? 死者に逢える、だと?
「噂だッ! そんな話をしてまで、あいつを餌にしてまで俺に受けさせたい依頼なのか!?」
「落ち着けよ、と」
諌めるような口調で赤毛のタークスは一歩前にでた。
「……あいつの話はするな。あいつはもう死んだ。帰ってこないんだ、逢えはしない。諦めさせてくれ。期待して、失望するのはひどく疲れる。」
「あのな、俺たち結構後悔してるんだ。やつを殺すのは前社長の方針だった。タースクは極力殺さないで、そのために生きたまま身柄を確保したかったんだぞ、と」
「タークスは間に合わなかった、んだな」
「ああ。ダメだった。お前らの仲が良かったの、ティアン――シスネや俺がよく知ってる。仲を引き裂いたこと、謝っても許してもらえないってこと、分かっちゃいるんだ。それでも何か、罪滅ぼしがしたいんだぞ、と」
「ライフストリームの流れの関係らしい。レノたちが昔、噂で聞いた程度だが行ってみる価値はあるのではないだろうか」
大量のギルと依頼についてが書かれた紙がはいった袋を渡される。まだ受けるとはいっていない。
正直、迷う。いっていいものか。いや、あくまでもメインはモンスターの討伐。別に湖を見てくる必要はないのだ。しかし――
「それは渡しておこう。受ける受けないは好きにするがいい。だが――受けなかったら兵器で対処しようと思っている。湖が残るかどうかはわからないからな」
あいつの匂いがぐるぐる回って気持ち悪くなる。話が終わると同時に俺は部屋を飛び出した。
一人で考えたい。そう言って夕食を取らずに自室にこもっていた。
綺麗な月の光だけで十分。明かりもつけずにベッドに横になっていた。
『クラウド』
名前を呼ばれたような気がして、幻聴であると気づいて落ち込んだ。
こんなふうに優しく名前を呼ばれたときは、後ろから暖かい腕で抱きしめられて――。自らの腕で体を抱いてみるが、暖かくもなんともない。むしろ自分がこの部屋に一人だけだということを思い知るだけだ。
「そりゃあ、逢いたいさ。逢いたくないわけがない。でも、逢ったら別れられない。我慢できない」
押しつぶされたような声で誰にともなくしゃべる。ベッドのなかでまるくなる。あたためてくれよ、さむいよ、ひとりぼっちのベッドは。
昔から一人であいつを待っていたことは多かった。でも、独り″になったことはなかった。あいつがそうならないようにしてくれた。
でも、今は? 今は、俺のせいで――
「死んで逢えるのなら、ずっと一緒なら――」
ふと考えて、我に返った。
『お前が俺の生きた証』
俺は、またあいつを殺そうとした……? 二度も殺そうと?
あいつは俺に人生の半分以上を託したのに、俺は何を今考えた?
悪気も何もないのに、自分ががんじがらめになっていくのを感じた。
「ずるいよ、独りにしやがって……。絶対、置いて行かないって言っただろ……。さむいの嫌いだって知ってるくせに、」
心が、寒いよ。
毛布も何もいらないからあんたの体温であたためてくれよ。思い出のあんたは思い出の俺にだけ微笑みかけて、こちらをちらりともむいてくれやしない。その笑顔の十分の一でもいいから欲しい。欲しい。欲しい。
ああ、あの頃の俺は愛されていたんだな。当事者じゃわからないことが第三者なら分かる。第三者になってしまったことと、過去のことになってしまったことが異常なまでに切ない。
「……あんたが逢ってくれるかわからないけど、明日あんたに逢いにいくよ。応援してくれ。そしたら前にすすめるから」
決めたら準備は早かった。準備を万端にし、明日のために眠りについた。
――だ
……え?
――い……だ、だ
……あんた、か?
――ったら……め
……もっとはっきり、声、夢でもいいから聞きたいよ。
――よ、で。名前……む……にい……ら。助け……から
ダメだ、待ってくれ、何が言いたいんだ、待ってくれ――。
「結局うけるのかよ、と」
「ふん……。あれだけの金を渡しておいてよく言う」
いささかやりすぎじゃないだろうかと思うくらいのギル。これを蹴っては罪悪感はつのるはザックスにも会えないはで散々だろう。弱みを残しておくのも気に入らない。
湖は、ちょっと見てすぐに帰ろう。会えたらラッキー。会えなかったら、そうだな。丘にくらい寄ろう。そのあと散々落ち込むコースまっしぐらだが、なんだかそれも悪くない気がした。自分の記憶を普通に思い出せ、それに対し涙を流せるのはきっと素晴らしいことだ。今日は少し気分が清々しかった。
例の森の目の前までトラックで送ってくれたタークスの連中に背をむけ歩き出す。行けども行けども木しかない。本当に自然は素晴らしい! と妙な気分にすらなれそうだ。車酔いも覚めてきた。
視覚がモンスターを捉える。背中のソードホルダーから一本手頃な剣を抜き振りかざした。
「……ッ!?」
おかしい。確かに間合いを見誤るなんて初歩的なミスはしてないはずだ。
横に一閃。だが狼のようなモンスターがなぜか驚異的な脚力を発揮する。飛び上がって背後に回られた。
「氷の目覚めッ! ブリザド!」
襲いかかるモンスターをギリギリのところでかわし間合いを取る。
剣が、重たい。昨日あいつらがライフストリームの流れ云々の話をしていたがまさかその関係だろうか。
想像以上に気の抜けない戦いになりそうだ。異変に気がついたのか増え続けるモンスターに向かい剣を構えた。