短編
□【髪】
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「あの、ですね。」
「なんですか?兄さん。」
ふろ上がり、部屋で筆を走らす兄さんをみたら、どうしようもない衝動に駆られた。
から、
「髪を触るのは結構ですから、引っ張るのはやめてください。」
濡れた長い髪に、触れたくて。
好奇心と似た、別のなにか。
欲情?
かもしれない。
ただ、どうしようもなくドキドキしたから。
「兄さん。三つ編みにしていいですか?」
「…解くならいいですけど。」
とってつけたような、理由をつけて髪に触れる。
石鹸の香りが鼻をくすぐり、心地よい。
「…わざとですか?」
少しうわずった声が聞こえて、首をかしげた。
あと少しで、編み終わる。
少しだけ驚いて、くわえていた紐を落としてしまった。
「何をですか?」
なんのことかわからない問いに、問う。
「首に指が当たるんですよ。」
あぁ、そんなことか。
きっといつもだったら、すぐに謝っていただろうけど、別に怒ってないだろうな、なんて思ったりして「そうですか。」とだけ答えた。
「指、冷たいですね。」
兄さんが、瞳だけを私に向けた。
灯りにあたってきらきら輝く濡れた瞳に、鼓動が高鳴った。
元々指が冷たかったのか、はたまた濡れた髪を梳いて冷たくなったのかは知らないけれど、確かに少し冷たいと思った。
最初はほてっていた兄さんの体も、冷たくなって、少しだけ切なく思った。
もうどうでもよくなって、髪から手を離した。
簡単に解けたりはしなかったけれど、少し乱れた。
思ったより髪が冷たかったみたいで、兄さんは微かに肩を震わせた。
静寂な部屋の中では、何もかもが無力で、
世界にただ二人だと錯覚した。
これは、愛?
終