お題小説
□不器用なキス
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「キスしたい。」
「きす?」
不思議な異国語を呟く上司、大鳥圭介はにたにた(けしてにこにこではない)笑顔を浮かべていた。
不器用なキス
「きすってなんです?」
書類をめくりながら聞くと、大鳥はよくぞ聞いてくれた、と言わんばかりの輝いた瞳で私を見た。
聞かなかった方が良かったかもしれない。
この上司の目が輝くときはろくなことがない。
「接吻のことだよ。」
「っ…。」
笑顔で言われた一言に、私は手元の書類を落としてしまった。
…この、人、は…。
「いい加減にして下さい!仕事をしなさい。」
恥ずかしくて熱を持つ頬を、私は隠すように大鳥に背を向けてできるだけ冷たい声で言った。
この人は…私が…自分のことを好きと知って言っているのだろうか。
そうであるのなら……ふざけていっているのなら…私は…。
脳内に負の考えが溢れてきて、拾い上げた書類の内容なんて頭に入らなかった。
そして、大鳥が背後まで迫っていることにも気付かなかった。
…不覚だった。仮にも旧幕府軍の幹部であり、大鳥の小姓(とかいて保護者と読む)である。自分の身は自分で守らねばならない。
それなのに、
「ごめん、大丈夫?」
大鳥に抱きすくめられてから、その存在に気がついた。
甘い、香り。
「君が好きで死んじゃいそうなんだ。」
「し、ごと…。」
「仕事なんかあとでいい。君は、僕の前からいなくなるかもだけど、仕事は残念なことになくならない。」
「ねぇ。」
「ちゅう、しよ。」
不器用なキス
(彼は、回りくどくて)
(素直なくせに、不器用で、上手く想いが告げられなくて)
(不器用な告白をして)
不器用なキスをした。