二周年企画

□月に唄う
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ピンと背筋を伸ばして、たくましく大きな背を眺める。
それが、私が一番好きな姿だった。
ずっと、その背中を見ていたから。本当にずっと。
だからこうしてお傍にいられる今は、幸せなんだと自分に言い聞かせる。


「何をしている」


突然に声を掛けられて、はっとして身構えた。少し眺めることに集中しすぎたらしい。
彼は顔だけでわずかに振り向くと、険しい表情で私を見た。


「すみません、ハルカ様」
「気を抜くな。くれぐれも不躾な行動をとることのないように」
「はい」


前方からの厳しいことばに、声を張る。
この方の声はいつ聞いても気持ちがしゃんとする。なんて、怒られながら喜んでいるなんてバレたら余計に叱られそうだと内心で苦笑いをした。


私がハルカ侯爵に仕えるため城へきてようやく半年が経った。
まだ年端のいかない子供だった頃に初めて出会ってから、私はこの方にずっと憧れていた。
彼の傍に行きたいという一心で、そのためにできることはありとあらゆる努力を必死でしてきた。
そうして、ようやく手にしたこの居場所は、最近になって少し違和感があることに気が付く。


「ふぅ…」


歩きながらこっそりとため息を吐く。
空には大きくえぐれた月がぽかんと浮いていて、夜の明かりには頼りない。
けれど、足元は月明かりとは違うオレンジ色の光によってゆらゆらと照らされていた。
その先を見つめると、また気が重くなる。
今日は城で夜会が開かれている。私もハルカ侯爵の付き人として同伴することになっているけど、正直、こういう集まりは得意ではないので少し気が重い。

と、遠くにあるものが視界に入った。
―――第二王子と、赤髪の少女だ。
殿下も今日の夜会に出席されるはず。その前にお二人で連れ立って散歩だろうか。睦まじい様子に、一瞬気を取られる。
前を行くはずの上司は、私のそんな少しの動きも見逃さなかったらしい。


「どうした」
「あ、いえ…、ゼン様は変わらず白雪様と仲がよろしいんですね」
「――ああ。殿下には困ったものだ」


ハルカ侯爵も私と同じ方を見遣り、そう嘆息した。
楽しそうに笑いあうゼン殿下と、赤髪の少女。侯爵は二人のことをあまりよく思っていないみたいだけれど、私は心の中で彼女のことを応援していた。
彼女と自分は立場が少しだけ似ていると、勝手に姿を重ねていた。
そこまで考えて、いつものように静かに気分が落ち込んでいく。



私がハルカ侯爵に抱いていたのはただの尊敬ではなくて、あの子が殿下に向けているのと同じものだと、そう認識するのにはさして時間は必要なかった。
王族と街娘、貴族とその部下。どちらも到底同じ場所に立つことの許されない身分の差があった。
けれど決定的に違ったのは、ゼン殿下はその身分の差にはこだわらない方で、ハルカ侯爵は徹底して規律や立場を重んじる方だということ。


だから、私がこの想いを告げることも、彼女のように大切な人と隣で笑いあうことも、決して叶うものではなかった。
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