二周年企画

□春風に手をかざして
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すると少女はすっと右手を前に伸ばした。座ったままのリュウは、見上げる格好で自分へ向けられた手のひらと少女の顔へ視線をたどらせる。


「私は夢子!高名なウィスタルの薬学者さんにお会いできて光栄だわ。よろしくね、リュウ。」
「よ、よろしく」


握った手は、思いのほか力強くリュウの手を握り返した。




それから夢子は辺りに植わっている薬草を観察し始めた。
ひとつひとつ興味深げに見ながら、時たまこちらを振り向いては質問をする。


「リュウ。ここ、すてきね!」
「…うん」


自分のお気に入りの場所を褒められるのは素直に嬉しい。


「この水はなあに?そこの井戸のとは違うの?」
「草も木も種類によって合う水質が違うから…そこの水路はあっちの薬室にも繋がってる」


庭を走る水路に目を遣った夢子は、軽い足取りでその前まで行くとしゃがみ込み、そのまま水をすくって、飲んだ。


「あ…」
「おいしーい!」


――無邪気というか、怖いもの知らずというか。不思議な人だと思う。
ふとリュウの脳裏には、年上の教え子のことが思い出された。


今度は夢子はリュウの隣まで来ると、そのまま草に腰をおろす。
リュウの足元の書類を拾い上げてしげしげと眺めた。


「本当に難しいことをやっているのね。これも研究?」
「まあ…」
「わっ、あ――――」


と、突風に煽られて夢子の手から離れ、紙束が散った。それは空高く巻き上げられてみるみる遠くまで運ばれていく。とても取りに行けそうにはない。


「ご、ごめんなさい!大切なものだったのよね…」
「いや、どうせそんなに重要じゃなかったし。おれも不用意に置きっぱなしにしてたから」
「そう…でも、なにかお詫びを」
「いや本当に大丈夫…」
「だめよ」


言い切る夢子に驚いて、なぜか不服そうな表情の少女を見つめる。
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