二周年企画

□背中合わせの手のひら
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「………」
「こんにちは、イザナ様」


久しぶりに戻ったウィスタルの王宮。自室の扉を開けると、そこにはにこにこと笑顔を湛えた夢子がいた。


「―…来ていたのか」


なぜ主のいないこの部屋にいるのか、聞きただすことはしない。どうせ馴染みの兵か誰かが通したのだろう。


「はいっイザナ様がこちらにお戻りになっていると聞いたので」
「そうか」


夢子はウィスタルの近くに住む公爵家の娘で、お互い小さな頃からの付き合いだった。つまり、幼なじみ。
王子と貴族の娘という階級の違いは大いに障壁になり得るが、彼女の屈託がなく人なつこい性格によって、今まで隔たりを作ることなく関係を築いてきていた。


しかしいくら気心の知れた相手だとは言え、第一王子の部屋に無断であげるのは勘弁してもらいたいものだと思う。小さく息を漏らすと、夢子は不満げに顔をしかめた。


「なぜため息を吐かれるのですか」
「せっかく来てもらったところを悪いが忙しいんだよ。相手ならゼンにでも頼んでくれないか」


確かさっき見掛けた時には、あいつは城の中をふらふらしていた。
にこりと笑みをつくってやると、夢子は更に嬉しそうにしてこちらを見た。


「ゼンにはもう挨拶をしてきました!私はイザナ様とお喋りしたいんです」


そう、ああいう遠まわしな物言いは夢子には通用しないのだ。こちらの意図には気付かないフリをして平然としている。
こういうのが、長いつきあいの面倒な所だとここ数年でひどく実感した。


「君もしつこいな。鬱陶しいと言っている」
「…相変わらずお忙しいようですね」
「まあね」
「私といてもお時間の無駄だと?」
「くどい」
「それではこちらで待たせてもらっても構いませんか?」


不毛な押し問答の中、変わらずににこにこと笑みを浮かべる夢子に、声を低くした。


「夢子…」
「はいっ」
「出て行ってくれ」
「………はぁい」


諦めたのか、夢子は渋々ながらもようやく首肯した。そして何か言いたげに視線を寄越してから、静かに目を伏せる。


彼女が出て行った後もそれが引っ掛かり、胸がむかむかと消化不良を起こしたようだった。あいつと会うと、いつもこうだ。


「まったく、俺は何がしたい…」


らしくないと、自ら嘲るように笑った。
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