二周年企画

□抱きしめる理由
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少し前までの喧騒が嘘のように静まり返った空間。
私は店の窓に掲げたプレートを“close”に変えると、テーブルやカウンターに散らかったままの皿やコップの片付けを始めた。


ここは私が一人で切り盛りしている食堂だ。こじんまりとした本当に小さな店だけど、クラリネスの首都、ウィスタルにあるおかげでそこそこには繁盛している。

――今日も忙しかった。

疲れて少し重くなった体で大きく息を吸う。疲れたけれど、一日を終えた後のこの疲労感は心地良いものだ。
さてもうひと頑張りと布巾を取りにキッチンへ戻ったところで、ギィ、と扉のきしむ音がして反射的に振り返る。


「こんばんはー」
「…オビ。また来たの」


そこには予想通りの人物。私にはもう姿を見ずともそれが誰か想像がついていた。
オビは片手を上げてずかずかと店内に入ってくる。最近すっかりお馴染みの彼は、少し前からうちにやってくる少し謎な人である。
週に二、三度ふらりと現れるのだが、それは決まって店を閉める頃になってからだった。


「相変わらず素っ気ないなあ」
「だってもう閉店後なんですが」
「そりゃ残念、また間に合わなかったねぇ」
「わざとらしいなぁ。たまには営業中に来てよね」
「それじゃあつまんないでしょうが」
「つまんなくて結構ですー」


じろりと睨むと、けれどオビは悪びれる様子もなく軽く笑って店の奥へ向かった。
これは私達のいつものやりとりで、私も本気で不満を言いたいというより定形化した決まり文句のようなものだった。


「まぁそう言わずに。夢子は掃除続けててよ」


オビはそう言うと、腕まくりをして慣れた手付きでキッチンを漁りだす。
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