Thema-Event

□Dream boat
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「どうですか? いいとこでしょ?」

訊ねるとロイは太陽のまぶしさに目を細めて、素直にうん、と頷いた。白く光る水面にぱしゃんとしぶきが上がり、鈍い銀色の影が一瞬宙に踊る。

「あ、魚だ」

つぶやいたロイが本当に無邪気な顔をしているものだから、ちょっと強引だったけれどやはり誘ってよかった、と思う。

「大佐」

すっと頬に指を伸ばすと、水面に魚のかげを追っていたロイの視線がぴたりとハボックの目に定まった。

「キス、しても?」

そして少し赤くなった。

「いちいち了解をとるな」

不愉快そうに口にしながらもロイはそっと目を閉じる。そういう甘さも普段にはないもので体温が上昇する。
唇をごく軽くあわせる。にじんだ汗で表面が微かにしょっぱい。自身が失った塩分を補おうとしているわけではないだろうけれど、なんだか美味しく感じた。数十秒後、しつこい、と怒ったロイに肩を押しのけられるころにはすっかりいつものロイの味になっていたけれど、もちろんそれだって最高だった。


「それにしても、大佐は全然日焼けしないんすね。もしかして日焼け止めとか塗ってます?」
「いや。特になにもしていない」
「そのわりに全然焼けてないじゃないですか。俺なんてくっきりTシャツの痕ついちまってるのに」
「ここしばらく書類仕事ばかりでほぼ司令部にカンヅメ状態だったからな。太陽をみるのもひさしぶりなくらいだ」

ロイは忌々しげにつぶやいてシャツのそでをめくった。
Tシャツにジーンズのハボックに対して、ロイはいつものYシャツにスラックスだ。ただし、いつもならば一番上まできっちりと閉じている胸元のボタンがふたつほど開いているのがリゾート仕様と言えなくもない。

――それだけの露出でひどくそそられてしまっている自分はもう病気の類なのではないかと思うけれど。

白い首筋に一筋流れた汗を目ざとく見つけておもむろに舌でなめとる。その行為は予想外だったようで、びくっと身をはねさせたロイは真っ赤になってハボックをねめつけた。

「バカっ」
「あれ? いちいち了解はいらないんじゃなかったでしたっけ?」
「そ、そういうことじゃなくて、誰かに見られでもしたらっ」
「大丈夫、誰も見てませんって」

賑やかな公園のスワンボートではないのだ。周りには誰もいない。
こんな山中に閑静な湖畔があるなんて、知っているものすらほとんどいないのではないかと思う。
ダム建設のための視察に訪れて、そして道に迷うことがなければハボックだって知ることはなかっただろう。
オシャレなコテージがあるわけでもないし、ボートは誰かが釣りでもするために持ってきて放置したものらしく、塗装は剥げ落ちて飾り気もなにもあったものじゃないけれど。
だからこそ空と湖と山の青さだけしかない素朴な美しさに引き込まれ、いつかは大事なひとを連れてこようと思い続けていたとっておきの場所だ。

「誰も見てないからって、こんなところで、いちゃつくのは、ッ!」

逃げる腕をつかんで、やわらかい首筋に顔を埋める。唇で食むように愛撫すれば、かすかに汗の香りがして興奮する。
あとずさるロイの身体を追いかけて、もうすこし、もうすこし、と距離を縮めていくと、ふたりの身体はボートの端までたどりついた。

「もう逃げ場はないっすね」

着衣が乱れている。ベルトからたわんではみだしたシャツのすそをハボックが掴むのと、ロイが慌てて身をひくのは同時だった。
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