Thema-Event

□Dream boat
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「たまには外でデートしませんか?」

ハボックの言葉に、ロイはふぅんという返事とも寝息ともつかないひとことだけを返してきた。眠りに落ちる寸前だったようだが、それを差し引いてもずいぶんおざなりな返答だ。
どうやらこれは「そのうち」という、いわば期限を決めない恋人同士の約束として処理されようとしている。そう気付いたハボックは、「明日の話ですよ!」とあわてて付け足した。
ロイは眉根を寄せたままハボックのほうに向き直り、眠気を逃がすようにひとつあくびをする。

「……どこに?」
「湖です。オルチナ山のほうの」
「いやだ。遠い。めんどくさい」
「遠いったって車で片道3時間くらいっすよ。もちろん俺が運転しますし、大佐は行きも帰りも寝てていいですから!」
「んー、考えておく」

気のない返事をして再び背を向ける。間もなく聞こえてきた寝息にハボックは苦笑して首をすくめた。



そんなふうだったから、翌朝普段なら絶対にありえはずのない時間にロイが目覚め「でかけるんだろ?」と言ってきたときには心底びっくりした。
ブランチの下ごしらえを、嬉々としてランチボックス用のものに作り変え始めたハボックを見て、ロイは面白そうに眉をあげてみせたものだ。

「おまえがそんなに湖が好きだったとは知らなかった」
「そうじゃなくて!」

もとよりロイに一般的な「恋人らしさ」など求めていない。外出する時間があれば好きな研究や読書に充てたいひとだというのもよく知っている。
だから「たまには外でデートしませんか?」という、ロイにとってみれば至極迷惑であろう提案に渋りながらも乗ってくれた。それがとても嬉しかったのだ。



数週間前からイーストシティでは小さなごたごたが続いていた。それが単発の事故などではなくひとつの組織の思惑による大きな企みであるとわかったとき、今年は夏休みなんて素敵なものはとれないだろうと覚悟した。
だが期せずして事件は終息に向かいつつあり、結果、たった一日とはいえオフをふたり一緒にとれたという僥倖。
しかしロイもハボックもくたくたに疲れていた。酒を飲み、身体をあわせ、日が高くなるまで眠ったあとブランチをとり、各々思い思いに過ごす。そういういつもの休日になるだろうということは予想できた。
そんな休日もまったく悪くはないのだけれど。
少しだけもったいないような気がした。雲ひとつない青空を見上げたときに、ふいに。

そんなことを考えながら司令部に戻れば、ロイの眉間には疲れと険しさの象徴がくっきりと刻まれていた。

「たーいさ、とれなくなっちゃいますよ」

笑いながら、眉間のしわを親指で伸ばしてやる。
読んでいた報告書から顔を上げたロイは、疲れを顔にだしていたことを恥じるような苦笑をうかべた。
司令部にいるときのまっすぐに背を伸ばしたロイも好きだし、ほこりっぽい現場で厳しい顔つきで指示をしているロイも好きだ。偵察と称して市井を散歩しながらキザな笑みをふりまいているロイも好きだ。
でもたまにはそんな仮面を取り払い、ロイ・マスタング個人としてのんびり過ごす時間があってもいい。

「あの、大佐の気分転換とか息抜きってなんですかね?」

ふいに問うたハボックにロイは少し考えて「酒。…と睡眠」と答えた。ひとの趣味にとやかく言うつもりはないがなんとなく寂しいな、と感じたのだ。なんとなく。
そしてさっき見た青空が眼前に広がった。
そのときにロイと夏休みらしいことをしたい!と唐突に、鮮烈に、思ったのだった。
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