Thema-Event

□クリスマス記念
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――イブの予定は?
そんな質問を挨拶代わりにして、街はどこか浮き足立った雰囲気に包まれる。商店は競い合うように華やかで趣向を凝らしたディスプレイを店頭に施し、人々はそれを目にして大切な人に思いをはせる。
暮らしに馴染むうち宗教色は薄れてお祭りと化していくイベントではあるが、独特のロマンティックなムードはやはり心を躍らせるものだ。
しかし、そんな華やぎとも甘いムードとも対極にいる男がひとり。


「そう落ち込むなよ、いつものことじゃねーか」
「いつもって言うな!」

ガタンと椅子を鳴らしてブレダに食ってかかったハボックは、「はぁ」とため息をついて再びデスクに沈み込んだ。

「だってよー、今回はクリスマス直前だぜ? 今年こそ幸せな聖夜が過ごせると思ってたのに、こんなときに『別れましょ』ってひどくねぇ? おまえらと朝まで飲んだ去年ほど、むなしくむさ苦しいクリスマスはなかったからなー。俺はもうあんな思いしたくねーんだよー」
「…そりゃ悪かったな。安心しろ、今年はおまえと飲んでるヒマないから」
「ブレちゃん!? それってまさか…!」

ブレダは軽く肩をすくめて勝者の笑みなど浮かべている。

「う…裏切り者!」
「やかましい!」

ハボックの叫びに重なったのは、ロイの怒声だった。同時にハボックの金髪に丸めた紙くずがヒットする。

「いって…!」

ハボックは頭をさすりながら、紙を丸めただけにしては重い音を立てて床に転がったそれを拾い上げる。広げると、中には小ぶりのペーパーウエイトが仕込まれていた。

「ちょ…! 大佐! ひどくないっスか!?」
「中尉の実弾よりマシだろう。私の優しさだ、感謝しろ」

ロイは憮然とした表情で背もたれに身体を預けた。ペーパーウエイトをデスクに戻しにきたハボックを見上げて、すっと目を細めてみせる。

「な、なんすか? 無駄口叩いてすんませんね。仕事しますよ、仕事…」
「いや…、何をどうすればそう毎度毎度、すぐさま振られることができるのかと不思議でな」
「そりゃ、女に不自由したことのないあんたにゃ不思議なことでしょーけどね、凡人はそれなりに苦労してんすよ…」

ロイの言葉を嫌味と受け取り、ハボックは唇を尖らせた。ところがロイにそのつもりはなかったらしく、心の底から不思議そうな顔をして顎に手をやり、首を傾げてみせる。

「しかしおまえ、背は無駄に高いし、顔だってタレ目で少々間が抜けてるものの不細工ではないし、頭は良くないかわり、性格もそう悪くないだろう」
「…あの、褒めるか貶すか、どっちかにしてもらえませんかね?」

複雑な苦笑を浮かべたハボックを気に留めることもなく、ロイはぽんと手を打つ。

「きっとおまえのデートプランに拙いところがあるんだろう。よし、私がチェックして女性に受けるデートコースというものをレクチャーしてやる。どうだハボック少尉、いい考えだろ?」
「…は?」

明後日なら早上がりだからちょうどいいな、などとロイはカレンダーの日付をハボックに示してみせた。ハボックがいつものデートコースにロイをエスコートして、それにロイが難癖をつける、というのがどうやらこのおかしな上官の思いついた計画らしい。
この時期に男ふたりでデートごっこなんて笑えないっスね、とハボックは苦い顔を作って肩をすくめた。
自然な感情に任せるならば、実は笑ってしまいそうだったのだ。ニヤけてしまいそうだったのだ。
状況だけみれば上司の適当な思いつきに付き合わされる部下という図式は面白くもなんともない。にもかかわらず、嬉しいと思ってしまったのは何故なのか。ロイとプライベートな時間を共有できると思うと、ちょっと鼻歌など歌ってしまいたくなる程度には心が躍る。

――おいおい待て待て。俺はオンナ大好き、ボイン大好き。いたってノーマル。男とデートして喜ぶ趣味はない。断じてないぞ。うんうん、そうだそうだ。

どこか躍起になって、ハボックは自分に言い聞かせる。言い聞かせなければならない時点ですでに詰んでいるのかもしれないと気づいてもいたが、そこは考えないことにする。ただでさえ最近、気がつけばロイのことを目で追い、ロイのことが常に頭にある奇妙な状態を自覚しつつあるのだ。

「…明後日っスね。どうせヒマなんで、あんたのお遊びに付き合いますよ」

ハボックは精いっぱい面倒そうな表情を作って答えた。付き合ってやるのは私のほうだぞ、とロイが笑うのを見て、また嬉しくなる。適当な理由をでっちあげて断るという選択肢もあったはずなのに、そんなことは考えもつかなかった。

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