Thema-Event

□桃屋スペシャル
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のどがひりつく。まぶたの裏が暑い。歯が浮いているようで奥歯を噛み締めると痛い。というよりももう、なんというか全身が痛い。

サイドテーブルの水差しを見れば中身はもう残っておらず、ロイはちっと舌打ちをする。キッチンまでのわずかな距離ですら歩くのが億劫だった。のどの渇きと身体のだるさを天秤にかけて、結局ロイは起こしかけた半身を再びベッドに沈めた。


季節の変わり目ということもあり、数週間前から東方司令部では風邪が流行っていた。

――この忙しいときにまた病欠? 勘弁してくれ!

東方司令部はいつだって殺人的に忙しいのがデフォだ。たったひとりの欠員ですら痛い。
しかし苛々にまかせて怒鳴りつけることも、自己管理がなってない、なんて嫌味を言うこともしなくて本当に良かった、と思う。だって結局は自分までこの様だ。間違いなくロイの病欠が東方司令部で一番ひとに迷惑をかけるわけで。
それに関しては、自分より先に悪い見本になってくれたひとに感謝しよう、とロイはひとり苦笑した。

――たるんでいる証拠ではないかね、マスタングくん。いま戦争が起こったらどうするんだ。軍人たるもの有事に備えていついかなるときもうんぬんかんぬん。

わざわざニューオプティンからやってきて、嫌味だけを言って帰っていったハクロのことを思い出す。ハクロの嫌味などそのときに限ったことではないし、右から左に受け流すのも慣れっこなのだが気分が良くないことには変わりない。まぁ、あれだけ大言を吐いておいてその後まんまとハクロ本人も風邪をひいたらしいというニュースには笑わせてもらったが。
どんな顔で仕事を休み、そしてどんな顔で職場に復帰したのか大いに気にかかるところだとさんざん馬鹿にしてやったのだが。まぁ、あの御仁ときたら。具合が良くなるや否や、この私にまで感染させるとは東方司令部にはよほど悪い菌が漂っているらしいとしゃあしゃあと言ってのけたらしい。
ロイは思い返しても腹を立てるどころか可笑しいエピソードについ思い出し笑いし、それがのどに障ったらしくまた少しの間咳に苦しむことになった。

――ハクロめ。

心中で毒づいたのは完全なる八つ当たりだが。
ロイは生理的に流れた涙を手の甲でぬぐった。ほうっと息をつく。


確かに性質の悪い風邪だった。終わりかけのウイルスをもらったからということもあるのだろうが。熱を出してから丸二日安静にしているというのに、まだ調子が戻らない。

――風邪ひくと、このまま死んでしまうのかも、なんて気持ちになりますよね。

早々に風邪をひき、3日ぶりに司令部に顔を出したときのフュリーの言葉を思い出す。そんな大袈裟な、とそのときは思ったものだが、いまひとりでベッドに横たわりじっと天井を見ていると、なるほどその気持ちもよくわかる。
ロイはめったに風邪をひかない。だから、そのめったが訪れるとやけに心細かった。
目が疲れて仕方ないので目を瞑る。
薬を飲む、寝るを繰り返して充分に身体に睡眠は足りているはずなのに、それだけでまた意識はすぅっと遠くなった。
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