Long Story

□【密約】(3)
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「中佐、ひとつお願いがあるんです…けど…」

甘いムードに後押しされるように、ずっとこころに秘めていて、伝えるつもりもなかった願いが、自分でも驚くほどするりと唇を滑り落ちた。

「ほう。言ってみろ。とりあえず聞いてやる」
「…えっと…今だけ…一度だけでいいんで……な、名前で呼んでもいいですか?」
「はぁ? そんなことか?」

俺の真剣な表情につられて若干緊張した様子だった中佐が、拍子抜けしたように眉を上げた。
――あんたにとってはそうかもしれないけど、俺にとってはすごい憧れだったんですよ。だって、ヒューズ少佐だけの特権だった。「ロイ」とあんたのファーストネームを呼ぶことは。

「プライベートのときはそう呼んでも構わないぞ。恋人同士なんだから」
「いや! それは…恐れ多いっていうか…そんなことは出来ないっスよ!」
「――なぜ?」

珍しいものを見るように細められた目が俺を尋問する。俺はその目にうながされ、一生懸命言葉を選びながら理由を説明した。

「もちろん、いつも名前で呼べたらすげー嬉しいです。でも…いまの俺は、あんたと対等に並べてるとはとても言えないし。だから…恋人だから、ってだけで気安く名前は呼びたくない、っていうか…。――俺が胸を張ってあんたのパートナーだって言える日まで、そのご褒美はとっておきたいんスよ」
「おまえ…変なところで律儀だな」

呆れたような口調だけど、俺の気持ちはわかってくれたみたいで。中佐は口端だけを上げ、惚れ惚れするほど男前な顔で俺の胸を叩いた。

「では精々頑張ってくれたまえ、准尉」
「もちろんです、中佐」
「ん? ははは。…呼ぶんじゃなかったのか? 私の名を」
「え? あ…ハイ! えっと…、あ…ロ、ロイ?」
「なんだ? ジャン」
「…ロイ……愛してる、ロイ」
「私もだ。愛してるよ、ジャン」

見つめあって、唇を重ねた。
もう二度と、不安になったりしない。疑ったりしない。俺、今日この瞬間のこと、一生忘れない。



          <続>
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