Long Story

□【密約】(3)
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髪をバスタオルで拭きながら居間に戻ると、ソファに腰掛けていた中佐に無言でティーカップを差し出された。俺も黙って受け取り、隣に座ってひとくちすする。中身は紅茶に大目のブランデーとジャムの入ったロシアンティー。甘い。甘いのは苦手なんだけど…今は沁みるようなこの甘さが嬉しかった。

「手を見せろ」

不機嫌そうな声で言われて、俺はちょっとためらった後、左手を差し出した。四本の指すべての第二間接あたりが真っ黒に変色している。正直かなり痛いけど骨は折れていないはず。そっとそれを撫でた中佐は、痛みを引き受けるようにぎゅっと目を瞑った。

「…なんて無茶するんだ」
「だって…こうでもしなきゃ、あんた入れてくんなかったっしょ?」

中佐の手の甲に右手を置いて、両手で上下に包み込むと、こつんと中佐が俺の左肩に頭を乗っけてきた。愛おしいその重さ。あんなに不安で心細くて、ささくれだっていた俺のこころが一瞬で癒される。――ただ、あんたがそばにいてくれるだけで。

「中佐」
「…ん?」
「俺…ここ最近中佐のこと避けてました。すいませんでした」
「それは…もういい」
「良くないっスよ。
 ――俺ずっと、中佐が俺のことどう思ってくれてるのかわからなくて、不安でした。確かめようにも、すげー怖くて、訊くことも出来なくて。それで、気づいたらこんなことになってました。
 でも、さっき中佐の涙を見て、やっと気づいたんです。俺はなんて馬鹿だったんだろ、って。ちゃんとあんたに向き合って、もっと早くにこうやって話しをすべきだった、って。
 ね、まだ間に合いますか? だって中佐…さっき泣いたのって、俺のこと少しは気にしてくれてるからだって、好きだからだって…そう、うぬぼれていいんでしょ? それだけで俺…」
「あのな、」

中佐の両肩に手を置いて、勢い込んで一気にまくしたてた俺に向かって、中佐ははぁ、とため息をついた。やんわりと肩の手を外され、馬かなにかをなだめるように、とんとんと太股を叩かれる。
年上の余裕? でも中佐も全然冷静なんかじゃないのは丸わかりだ。指先はシャツのボタンら辺を落ち着きなくいじってるし、何より目が泳いでる。

「私は好きでもない相手とこんな関係になるほど安くはないと言ったはずだぞ。つきあって3ヶ月も経って、なんで今さらそんなこと気にして、うじうじ悩んでるんだ?」
「だって――あんた一度も俺のこと…す…き…とか言ってくれないし」
「それは――。え? そう…だったか?」
「この期に及んではぐらかさないでくださいよ」
「――言ってなかったかな?」
「――言って…ないっスよ」

俺はそんな中佐に恐る恐る問いかけた。

「俺のこと…好きですか?」
「…好きだぞ」
「愛してる?」
「…あぁ」
「なんで…」

なんでもっと早く言ってくれなかったんですかー! 俺の気持ちを察したらしい中佐がつんと唇を尖らせた。赤い頬を隠すように、両手が顔を覆う。

「…言いそびれてた」
「へ?」
「あんなふうに始めておいて…虫が良すぎるだろうと思って。それに…抱かれただけで心変わりするなんて、って思われるのもイヤだったし」
「そんな! そんなことないです。全然そんな風になんか思いませんよ!」

俺はまだぎこちなく身体を強張らせたままの中佐を、後ろから抱きしめた。
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