Long Story

□【密約】(3)
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傘が手元から離れ、生垣に落ちた。雨が全身を濡らす。4月の雨は容赦なく冷たく、ぐっしょりと濡れた軍服が重い。
その場にへたり込んだ俺は、八つ当たりのようにドアを拳で殴った。冷えた肌に刺すような痛み。こころの痛みよりは直接感じられる身体の痛みのほうがまだましで。――気がついたら俺は、夢中でドアを叩いていた。

いつもの俺だったら、そのままこの場から逃げ帰ってしまっていただろうと思う。ちょっと冷静になってから話をしよう、とかなんとか、都合のいい言い訳で体裁を取り繕って。
でも、それが良くなかったんだ、っていまはわかる。聞き分けの良いふりをして。従順なふりをして。俺は自分が傷つかないための距離をとって、それを中佐のせいにしていただけだ、って。
――そんな俺の行動が中佐を苦しめていたんだったら? 俺は本当に大馬鹿だ。


扉を叩く。あんたのこころの扉を叩く。そこに入れてとすがりつく。もっと早くにこうすればよかった。どんなにみっともなくても、情けなくても、これが俺の気持ちです、とただ伝えれば良かった。

「やめろ! 近所迷惑だろう!」

思わぬ至近距離から声が聞こえて、扉を隔ててすぐのところにまだ中佐がいることが知れた。たった数十センチの距離がもどかしくて、俺はさらに強く扉を叩く。

「入れてください、中佐。話をさせてください」
「いやだ。帰れ」
「帰らない! お願いです」
「大きい声を出すなっ」

扉が薄く開き、怒声を上げた中佐に構わず、俺はすばやくその隙間に手を差し入れた。無情に閉ざされるそれに強か指を挟まれて、激痛が走る。

「っ!!」
「馬鹿! なにやって…っ!!」

蒼ざめる中佐に痛みをこらえ、にやりと笑ってみせて。力のゆるんだその隙に乗じ、俺は身体を室内にすべりこませた。身を翻す中佐の腕をつかんで引き寄せ、逃れようともがく身体を拘束する。

「逃げないで!」

中佐の肩が震えた。抱きしめて、顔を強引に上向かせるれば、中佐の目が赤い。――やっぱり泣いてたんだ。胸が締めつけられる。

「俺はあんたを愛してる。だから、あんたの涙の訳が知りたいです。あんたのことなら、なんでも、全部知りたいです。で、俺のことも…俺の気持ちもわかってほしいです。言えなかったことも、言いにくいことも、全部ちゃんと…」

そう早口で告げて。きつく握ってしまっていた中佐の手首から手を離し、代わりに指と指をしっかりと絡めた。

「だから、話、しましょう」

俺、いつの間にか、泣いてた。こぼれた涙が、頬を濡らしていく。あったかい。
中佐が、困ったように下唇を噛んだ。男にしては細くて、節のないきれいな指が伸びて、俺の涙を拭ってくれる。

「とりあえず、シャワー浴びてこい。――話はそれからだ」
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