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□描いた世界こそ真実
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「名無しっ!」

「あ?」


パシリと手の乾いた音がしたかと思うと残ったのは手のひらに包まれている少し汚れたボールとじんわりと広がる痛みだけだった
今日の空模様はなんとも素晴らしい晴れ渡る空
雲ひとつない空はなんだか物足りなくて俺はあまり好きじゃないけど見ていて気分は晴れる

気づいたら足が外へと向かっていてふと辺りを見渡すとそこはかつて泥だらけになってボールを追いかけ回った土手だった


「しょーた、」

「よう。どうしたのお前」

「お前こそ何やってんの」

「俺?俺はなんか天気が良かったから散歩」


「ボール持って散歩かよ」

拾ったんだよ、と翔太は笑いながら言った
そこから自然に二人で土手の坂を降りてどかっと草の上へ豪快に座る


「翔太は俺から野球を離れさせてくれないのね…」

「そ、そーいうわけじゃねえけど…」

「うそうそ。冗談」

「お前なあ…!」

「げ、ピンからメール来てる」

「なんだって?」

「知らね」

「なあ名無し、これから暇?」

「見てわかんだろ」

「龍呼ばねえ?」

「別にいいけど…何すんの?」


聞いた質問に答えずにむふふ、と満足そうな笑みを見せると翔太はそそくさと携帯を手に取った






「キャッチボール、ね…」

「いいだろこれくらい。動かないと太るぞ名無し」

「うるせー余計なお世話だ」

「で?やんの?やんないの?」


少し離れた位置から龍が俺に聞く
ぐ、…そりゃあもちろんやりたいけど
言い止まる俺に見かねて龍は駆け寄ってきていつもの無愛想な表情と一緒にぽんと頭にグローブを乗せた


「お前がしたいようにすればいい」


だけど、翔太も俺も名無しとまたキャッチボールしたい
そんなストレートな龍の言葉がすっと落ちていって。ただ、純粋にボールを投げたいと思った


「捕れなかったら笑い飛ばしてやるよ」

「しゃれになんねーよ」


翔太が投げた球は大きく円を描いて龍が用意してくれたグローブの中へおさまった
乾いた布の音が懐かしくてふいに涙がでそうになる
俺が野球を諦めてからも幾度となく聞いてきた音で、だけど久しぶりに聞いた音

顔を上げて二人を見るときっと俺以上に嬉しそうな表情をしていた
おまえらがよろこんでどうすんだ、…ばーか。

ふと見上げた空はいつか、屋上で見上げたときより近くにあるような気がして。その時より俺は、ちょっとでも成長したのかな。いろんな人に怒られて、助けられて、支えられてきた








「なあ」

「んー?」

「俺やっぱ野球、止めるよ」


突拍子もない俺の言葉に二人は豆鉄砲をくらったような顔をする
投げた白球は不恰好な円を描いて龍の使い古したグローブの中に入った。頼りない軌道は空気に溶けていって、俺の中に消える。


「俺はもうやらないけど、いつか自分の子供にぜってーやらせる」

「んで、ヘッタクソなの見て笑い飛ばしてやるんだ」


俺はもうできないけど、高校で野球続ける夢ももう叶うことはなくなったけど、諦めないよ。
俺は違う形で野球をしていく。それぞれ別の道をいくけれど、俺はあの楽しかった思い出も今この時も全部、忘れない



ずるずると引きずっていた野球も、
こうしてばかみたいに付き合ってくれるお前らも、










俺はどうしようもないくらい好きだから。









描いた世界こそ真実











まだ漠然とすら見えない先のことに思いを馳せて。
これから何があるかなんてわからないけど、せめて今は最高の未来を夢見て生きようじゃないか。












お題配布元:空想アリア





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