I.cブック
□たまには振り返って笑ってね
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ブブブとなった携帯の電子的な音と波が静かにさざめく音が不釣合いでフッと笑いが零れた。電気が最小限しかない砂浜で携帯の明かりは少し明るすぎて、思わず眉をひそめた。目ぇ悪くなりそうだなこれ
「だれ?」
「……」
「こら」
「…翔太」
「えっ、いーな!」
ぐいぐいと画面を覗いてくるくるみを押さえる。ほら、絶対こうなると思ったから言いたくなかったのに。くるみの小さな頭を押さえて発光体の中を覗く。
今、ヒマ?
残念俺は今忙しい。たった数時間前に(仮)彼女になったくるみの相手をしなくちゃいけない。とは言っても俺もくるみも異性避けなだけで当事者達は至って普段と変わらなかった。俺だからこんなんだけどきっとくるみの彼氏は大変だな、なんて未来のくるみ彼氏に同情するがんばれよ
「あ、一応断るんだ」
「彼女いますからネ」
「きゃ、嬉しい。…そうだ、名無しママにお土産なに買おうかな」
「え、じゃあ俺もなんかおばさんに買ってかなきゃじゃん。どうしよーか」
「名無しがくれた物ならなんでも喜ぶと思うよ」
食い物よりかはきっと形に残るものがいいよなとか水族館でなんか買っておけばよかったとかすでに家が恋しく感じてくる。沖縄の景色も空気も新鮮だけどやっぱり俺は暑い所より寒い方が好きだなと再確認。俺絶対地元から出れられないわ
「そろそろ部屋もどろっか」
「お、もうそんな時間」
ちらりと見た時計はまだ少し部屋に帰るにははやく。どうせケントはロビーで女子と話してるだろうし、ツルも一緒にいるハズ
どっこいしょ、と体を持ち上げて歩き出すとオジサンくさいなあ!と腰を叩かれる。うん、やっぱ女の子はこれくらいの力がいいよね
「名無し、明日じゆ…」
「…?くるみ?」
くるみの言葉がある一点を見てぷつりと止まった。いかにも南国と言わんばかりの木々の中で不恰好な形に伸びる影の根に四本の足があって。ああ、嫌な予感がする。少し聞こえた声はずっとずっと欲していた人のものだった。ざわざわと風が一際強く吹いて固まっていたくるみがぐらりと傾く。とっさに伸ばした腕でくるみを掴むとそのまま縋るように抱きしめた
「…ごめ、」
「名無し…」
謝る必要ないよ、そう言って背中をあやすように撫でてくれる。じわりと滲んだ水分は呆気なく流れていった。だめだ、情緒不安定すぎる。丸まった自分の背中がなんだかすごい情けない
「茂木くんって言うんだっけ」
「…確かな」
「名無しには忘れられない修学旅行になっちゃうね」
「ほんとだよ」
クスクスと笑うくるみを仕返しと言わんばかりにぎゅうぎゅう回した腕をきつくすると、きゃーなんて楽しそうな声を出す。いつの間にか俺も一緒に笑っていた
「まゆげ下げて笑うの、名無しには似合わないよ」
「…ん、いつもはどんな風に笑ってんの?」
「もっと悪い顔してる」
「んだよそれ」
「フフ」
だからもっと笑って、
膨れた頬をぺちゃりと潰しながらくるみはそう言った
たまには振り返って笑ってね
お題配布サイト様:たとえば僕が
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