I.cブック

□瞼に焼き付く残像
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「名無しくん写真撮ろーよ」

「いや、俺はマンボウ見てるから。他の子と遊んできなよ」


じゃあ後でお土産見よーねと手を振るケントガールズ(俺が命名)の女の子を視線だけで見送るとあのー、と控えめな、だけど聞き覚えのある声に俺はゆっくりと振り返った


「おー黒沼。どした」

「いや、えっと…」


少しどもりながら話始める黒沼に落ち着かせるように深呼吸を促す。大げさに揺らして呼吸する肩にぶふっと思わず吹き出した
ああ、なんかこんなやりとり久々だなあ


「あのですね、名無しくん。…一緒に写真撮りませんか」

「…」

「べ、べべべ別に邪な気持ちとかでは全然なくて!もし迷惑なら」

「俺何も言ってないよ」


よし撮ろう?と黒沼が持っていたカメラを借りて少し近くへ寄った。後ろにはマンボウ。最高じゃないか


「黒沼はなんで俺と撮ろうとしたの?」

「…名無しくんだけ…いないから」


さっきバスの中でカメラ見てたんだけれど、一枚も名無しくんが写ってなかった。風早くん達といつも楽しそうに話してる姿が見えないのはなんだか少し寂しくて。
あ、でも師匠といるのが駄目っていうわけではなくて!焦って補足する黒沼に返事を返すより先にボタンに沿えてあった指を動かす
ぱしゃりとまぬけな音が暗くて騒がしいこの場所でいっそう際立って聞こえた


「…黒沼と俺の思い出」

「え?」

「一緒にでっかいマンボウ見た」

「…うん」

「この写真、帰ったらくれる?」

「う、うん!もちろんです!」


にひゃり、我ながら情けない笑い方だと思う。だけど黒沼も笑ってくれたからいいかなと。照れ臭そうに笑う黒沼の肩の先からちらちらと様子を伺う翔太が見えて、前にもこんなことあったなあなんて苦笑。
頭を撫でながら翔太が待ってるよと呟いてそっと背中を押す。少し困った顔をした黒沼に俺はケントのとこ戻っから、と一言告げると翔太の所へ走っていった


「名無しって相変わらずお人好しだね」

「…あれ、自由時間って明日のことじゃないの」

「ちょっと話があるの。あのさ、」


名無しにも私にも魅力的な案を思いついたんだけど。そう言ってにやりとくるみは笑った。こういう時のくるみって大体悪いこと考えてるときの顔
疑いの目でくるみを見ると疑っているでしょと胸をべしっと叩かれた。今のが吉田だったら間違いなく俺は死んでいた


「私を信じなさすぎじゃない?」

「だって悪巧みしてるときの顔してる」

「本当に違うって!」


こほん、とひとつ咳をするくるみの髪の毛が後ろの一面青の世界に透けてなんだか神秘的に見えた。そんなことをぼーっと考えているとぐいっと腕を下へ引っ張っる感覚が襲った
あれ、なんか、デジャヴ
少し身構えた体にまさかくるみがそんなことするわけないと必死に心の中で唱えた。というか願った


「私と、」


耳元で囁かれた言葉はなんというかいかにもくるみらしくて。その言葉に少し自分が心惹かれたのも事実。やっぱりくるみは俺の事よく知っているなあと内心苦笑いが零れた


「どう?」

「……まあ、デメリットはないよな。お互い」

「この期間だけでもいいの」


お願い、と顔の前で合掌をするくるみに少し考え込む。ここまでくるみに一生懸命お願いされる事もそうそうない。デメリットはないし別に、と二つ返事で了承した


ほんの軽い気持ちだった


ただなんとなく、この現状に嫌気がさしていたのも事実。くるみも同じ事を考えていたからなんて言い訳に過ぎないけど
きっと俺は肌を這っていくような空気と少し火照った身体に頭がどうかしていたんだと思う







瞼に焼き付く残像








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