I.cブック
□繕った精一杯の願い
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初めてキスをしたとき、
初めて手を繋いだとき、
初めて一緒に帰ったとき、
―――初めてきみに好きと伝えたとき。
何年も前なわけではないのにもうずっと前の話のようで。死ぬわけでもないのに頭の中に彼女との幸せな時間が走馬灯のように流れた。
なんだ、もう俺、
ガチャリ、腐った思考を遮るように重い屋上の鉄の扉が開いた。
もしかして。そんな淡い期待をする自分に内心苦笑しながら顔を扉へ向ける。
「あれ、」
見えたのは金髪の、風でふわふわと揺れる髪の毛とタレ目。
とたんに下降する自分の正直な気持ちをぶん殴りたい。
「どーしたの」
「名無しくんこそ、」
座る俺より幾分高い顔を見上げる。目が合うとケントはそのタレ目を人懐っこい笑みに変えた。さすがガールフレンド多いだけある
「俺?俺は…考え事?」
「いや、疑問系で返されても」
ケラケラと笑ってケントは一人分あけて隣に座る
何も言及しないあたり、気づいてないのか。はたまた気づいてるけどあえて何も聞かないのか、うむわからん
色んな事が頭の中でぐちゃぐちゃして情報処理能力がいつもの何倍も遅れる。全部言ってしまえば楽なのに
「悩める少年なわけですよ」
「え?」
「俺がね」
「んー?意味わかんないよー」
ケントは空を見上げてぽつりと呟いた
「悩みごとなら俺聞くよ?」
「んー…ケントはさ、」
「うん?」
「好きで好きで仕方ない子っていた?」
「…うん」
じゃあ、その子が幸せになってほしい。って思ったときに自分はどうする?
風がざわざわと木を揺らす。まるで自分の心情を表されているみたいで思わずケントから目を逸らした。逸らす直前に見えたケントの顔はぽかん、と虚を衝かれたような顔をしていた
「おれ、はっ」
「……あ、ごめん。親から電話きてた。話聞いてくれて、ありがとな」
自分から聞いたくせに答えを聞かないで来た道を帰る、とんだチキン。
「……っ、好きで好きで仕方なかったら、自分が幸せにしてあげたいって、そう…思うんだよ……」
ケントが何かいいかけてたのを気付かないフリをして、
入ってきたときより重く感じる鉄の扉をがたんと閉めて急いで階段を下りた
誰もいないことを確認して足から力が抜けて思わず壁に寄りかかりずるずると座り込む
駄目なんだよ…だから、俺は。
繕った精一杯の願い
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