I.cブック
□重なる不安
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昼休みに呼び出されて帰ってきてから名無しが変だった。心ここにあらず、まさにその通りで
「名無し?」
このあと爽子たちと皆で海に行くから一緒にいこう。海もいいけど一緒にかき氷食べたりぶらぶらしたりしたい
そう素直に言えるほど大人じゃないから
いつものようにワイシャツの袖をくいと引く。すると彼はいつも仕方ないとでも言うようなでも優しい目でこっちを振り向いてくれる
そんな名無しの表情が好きだった
「……」
「名無し、」
「あは、…ごめん、聞いてなかった」
そういって自分の頭をぽりぽりとかいて笑う
眉を下げて頼りなさ気に笑う顔はいつもと少し違うなにこの違和感は
「うん、いつもの検診が早くなっただけだから」
大丈夫、安心してそういうように左手をすっと上へあげる
あ、撫でられる
悔しいけどコイツに頭を撫でられるのが好きで、自分の中でくせになっていた。少し前までは泥だらけだった大きな手。優しく包んでくれる手。名無しそのものを表してる手だと思った
だけどその手はいつものように降りてくることはなくて、ただ宙をさまよって、最後には真っ直ぐ下に降りた。その時名無しは自分でも驚いているかのように目を見開いていて
なん、で。自分が一番そんな驚いてんの、
口を開きかけたとき、一瞬、ほんの一瞬だけ悲しそうな顔をしてまた笑った
違う、そんな辛そうに笑わないで
「時間、ちょっとやばいから…行くな」
咄嗟に名前を呼んで手を伸ばした。けど彼は振り向くことはなかった
伸ばした手は宙を掴んで、呼んだ名前も虚しく床へと落下する
ねえ、どうしたの。なんかした?そう聞くのは怖くて、足がすくんだ
重なる不安
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