Novel

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今日は兄貴と散歩しようかなあ近頃ずっと籠りっきりだから兄貴も外へ出たがっているだろうなあ。
お気に入りの帽子を被せて着まわしてぼろぼろの服を少し整えてあげる。
「ねえ兄貴今日はどこへ行きたい?」
兄貴の手を取って二人で外へ出た、なにからなにまで平和だと言わんばかりの新緑や青い空。
鳥なんかが歌うようにぴーちくぱーちく鳴いている。ぎゅうと手に力をこめる。
平和だ、空気が美味しい。何かもが喜びに満ち溢れている。
俺達とすれ違う村人達は誰だって自分がこの世で一番幸福だと勘違いしているんだ。
世界で一番幸せなのはまぎれもなくこの俺なのにね。

レジャーシートを敷いて座る。事前に準備していたおにぎりやおかずを取り出し、並べる。
「実はこっそり早起きしていたんだよ」
照れ屋でクールな兄貴はいつだって俺に対して反応がない。見向きもしない。
せっかく作ったのに勿体ないと思ったから兄貴の口元に卵焼きを押し付けると、頑なに口にしないのでボロボロと行儀悪くこぼす。
レジャーシートに落ちたものは拾って俺が食べ、地面に落ちてしまったものはありんこにあげた。

兄貴は俺に対して本当に冷たいけれど知ってるんだ俺の事が世界で一番愛してるってこと。
兄貴に虫が集るのをパッパと追い払う。豆粒ごときのこいつらに兄貴を触れさせるわけにいかない。
そのまま抱きしめるとツンと鼻をつくにおいがする。
「そうだったね、5日間は風呂に入ってなかったなあ」
俺に凭れて項垂れる兄貴の髪の毛にすうと手を通すとハラハラといくらかの髪の毛が抜けた。

あの日、あの木の熟した果実が重力に抗えなかったあの日。
それを境に死んだ兄貴は甘えたがりになってすべてにおいて俺の手を借りるようになったけれど俺はそれさえも嬉しかった。
「あにき」
返事はしない。俺達の横を通り過ぎる奴らは皆哀れの目で見ていた。
盗みもしなくていい世界。くそヒーローや落ちこぼれの軍人が常人と化した世界。
お金もあって、生活もあって、なにもかもが満ち溢れている幸せな世界。
そこに俺も存在して兄貴も(存在して)いる。
それなのに幸せを感じない筈がないんだそうでしょう?
人が死ぬ事がなくなった、身体も丈夫になったこの街に「特例」は消えた。

今日も俺は呼吸の色がない兄貴を引きずり町を徘徊する。


繰 り 返 し 、
 繰 り 返 し 

(じわじわと掴みつつある真実を遠くへ投げ捨てる)



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