Novel

□しゅっぱつ
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最近の兄貴は食事をとらない。今まではあんなに生きることにがっついてご飯も争奪戦だったのにめっきり食す事をやめてしまった。
兄貴は「オメーの前にもう食ってるから腹がいっぱいなんだ、そりゃ残りものだ馬鹿」っていって金の勘定をしているがそんなのウソだとわかる、だってすごくやせている。
表情には出さないものの顔面は蒼白していてシャツからのびる手が可愛そうなくらい骨ばっていた。

それでも俺は何も言わないで、ごく少量の米とパッサパサな野菜にかぶり付く。もう冷蔵庫は空だ。

「うめえか」

「うめえわけないだろ、ないよかマシだけど」

そのうち兄貴死んじゃうんじゃないかなあ。俺たちには両親はいない、スラム育ちで町は荒れ果てて毎日怒号が飛び交う。
腐りきった市場からあらゆるものを略奪しなければ生きていけない。金なんて本当に何かあった時にしか使わない。
この間、俺がヘマをしたんだ。今までは何事もなく盗みを繰り返していたんだけど俺がトチッて存在を周囲に持ち上げられた。俺らは天才だったから一度だって見つかった事はなかったのに。
それからというもの、外に出るのも一苦労。市場に少しでも足を踏み入れると高い位置から凄味のある睨み。警戒する大人たち。金を支払ったところで何かを貰えるわけではなかった。(今まで盗んだやつの代金だ、とか言って)
食糧も衣類も困りに困り果てた兄貴はついに自分の分を俺にまわしてきたのだ。そして夜、市場が静まり返り皆寝静まったころに兄貴は俺らの家を抜け出して、こっそり盗みを働いた。
そのパクッてきたわずかな食糧でなんとかやりくりしている。

ただそれも限界だった。

「兄貴!兄貴!」

「うるせえな馬鹿・・・キンキン騒ぐんじゃねえ」

倒れた、兄貴が倒れた。毎日の疲労が蓄積して爆発したのか高熱をだし、こけた頬の顔面には生気がなかった。
ここにはまともな医者はいない、いたとしても俺たちを見てくれるわけがない。もともと治安の悪い地帯だから何か感染症を貰ってきたら間違いなくあの世行きだ。
俺は兄貴を無くすのが怖くて怖くて怖くてたまらない。たった一人の肉親、もう一人の俺、薄っぺらい愛情で包み込んでくれる兄貴。

とにかく新鮮な空気と水が必要だと思って全く重みを感じない兄貴を抱いて無我夢中で走りまくった。途中でガタイのいい男に蹴られたが気にしなかった。そんなものなんてどこにいったってないのに。
見ず知らずのところに来てしまった。枯れ果てた平地。とうとう疲れて兄貴を下す。こんなに走ったのにまわりの風景は今までと大して差はなかった。汚い。ゴキブリが這っている。鼠が歩いている。
産まれて初めて感じた絶望に打ちひしがれて、兄貴を抱きしめるとうめき声をあげて胃酸らしいものを少し吐き出した。すっぱい匂いがして鼻がつんとする。兄貴の胃には吐くものがない。


「やあ」

「なんだおめえ」

「通りすがりのやぶ医者さ」


ひょろ長い男。明らかにまっとうに人生を歩んでいない男、まあ俺らが言えないが。幼い俺らでもこいつがやばい奴だとはすぐにわかった。


「彼、死んじゃいそうだね。」

「うるせえ」

「いっそひと思いに殺してあげよう。」

「うるせえ」

「大丈夫、君も一緒に」

「冗談じゃねえ!兄貴も殺させないし俺も死なない。なんだよおめえは!」

めいっぱいの力を込めて叫びだす。兄貴が苦しそうに呻く。俺の服を握っているけどそれにも力がこもっていない。限界だ。もうだめなのかもしれない。
俺の目ん玉からぽろぽろ水が滴ってきて泣いたのなんていつぶりだろう。そいつはそれを「滑稽だ」と笑ってポケットからはさみを取り出した。

「外部から来たんだね、大丈夫だよ目を開ければ君はもう住民さ。飢える心配もなければ死ぬこともない、いやそれは語弊かな。」

そいつはまず兄貴を俺から乱暴に引き離して、思い切りのどをちょん切った。兄貴からありえないくらいの血が噴水のように噴き出す。そのままポイと投げ捨てて標的を俺に変えた。
駄目だこいつ狂ってやがる俺らが今迄にいた場所のどんなやつよりイカれている。腐敗した死体ならあそこで見た事はあるが目の前で死ぬのははじめてだった。どうしよう、腰がひけている。
一歩も動けない。やばい。兄貴、死んだのか。

「痛いのは一瞬、目を開ければそこは幸せな木の麓さ。怖がらないで」

何を言っているんだろうこいつは、逃げる機能を無くした足はもはや不能で俺はただただ迫りくる痛みに耐えて目を瞑るだけだった。あぁ、心臓のチューブを切られた、痛い、痛い。目の前が真っ赤になって、なにもわからなくなった。









目を開けると
(知らない家で、錆びたベッドに兄貴と二人)






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