Novel

□さよなら
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私は可愛いわ、えぇ、可愛い。皆認めてくれているもの。数々の男を誑かしてきたわ、自覚してる。
口をそろえて私の事を「可愛い」だなんて言うんですもの、笑っちゃうわね。
そうよ私は可愛いのよ。

そうやって甘やかしてる相手に無下にされていることに気付かない馬鹿な男達は私が大好きで大好きでしょうがないからなんだってしてくれる。
買ってって言ったら買ってくれるし抱いてって言ったら抱いてくれる。都合がいいわ、ただね、ただ一人だけ。思い通りにならない彼がいるの。
可愛いなんて一度だって言われた事なんてないわ、会話をしないもの。する前に別れてしまうの。彼にとって私は彼の役目の対象でしかない。それ以外では逢わない。逢ってはいけないのかしら。
あぁ、胸が焦がれる。こんな思いをしたのは産まれて初めて・・・いいえ、それはわからないわね。男を知ってから初めてなの。

紳士的な態度で宙を舞う姿。偽善にまみれた英雄気取りの可愛そうな人。

彼に逢いたくって逢いたくってたまらないの。彼が新聞記者として街にいるのは知っているの。
けれどすれ違ったって声をかけないのよ、その事を隠しているって事がわかるから。ばればれなのにね。可愛い人。

それでもどうしようもなく逢いたくなってしまうから、断崖絶壁、お花畑の崖からあたかも事故に見せかけて身体を投げ出すの。
ここから飛び降りるとね、海も空も真っ青で彼に抱かれているみたい。素敵なの。
来てくれなかったことなどないわ。おっちょこちょいなあの人は、いつだって私を抱いて舞ってから私の命を不本意に奪ってしまうけれど。
今日やりたい事はもう終わったし、後は彼に逢うだけなのよ。
前へ一歩踏み出してまっさかさま。悲鳴を上げればホラ、遠くから風を切る音が聞こえる。

こんにちは、あなた。

さよなら、私。
(お姫様だっこで私を受け止めて。今日はどうやって私を殺してくれるのかしら。)




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