□熱狂世界
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「この世界は異常である」

 先日、僕が担当していた精神病患者である武村さんが死んだ。
 彼は六十歳だというのにこの世界の理を理解出来ず迫害された、死んで当然の馬鹿だった。

「みんなおかしいよ!変だよ!」

 先日、これまた僕が担当した精神病患者である涼子ちゃんが死んだ。
 彼女曰く直観的にこの世界の本質を見抜き、世界が狂っていることを知ったのだそうだ。が、僕に言わせてみればそんな過程で産まれたのは幻想妄想の類であり、やはり彼女も死んで当然の馬鹿だった。

「先生、僕、みんなが恐いんです……」

 先日、またまた僕が担当していた精神病患者である雄一君が死んだ。
 彼は``みんな``と自分が違うことに気づき苦しんでいた可哀想な子供だ。
 といっても、自分と``みんな``が違うことすらおかしな話なのだから、彼は学校で酷い虐めにあっていたらしい。
 その際には教師も加わり、母親も父親も彼をゴミのようにしか扱わなかったのだとか。
 まあ、そういう行為を受けても仕方がないとは思うけれど。

「お前らまじ気持ちわりいんだよ!あいつに右向けっていわれりゃ向くのかよ!答えろお!」

 この救いようのない馬鹿は僕が担当した精神病患者ではないが、まあ精神病患者なのは間違いないと思う。
 彼は三日前のニュースに突如乱入した若い男だ。
 テレビの画面はすぐに緊急用の字幕に切り替わった。後に、彼は射殺されたと聞いた。
 まあ、仕方のない話だ。
 彼みたいな人間を裁判にかけてもどうせ死刑は確実なのだから、税金が無駄に減るだけだ。
 機転を利かせてその場で射殺した警官に拍手を送りたい。実際、その警官には国民栄誉賞が贈られるらしい。
 これで税金をかけずに次々と馬鹿が減る。


「こんにちわ、先生」

 戸を開けて入ってきたのは今から診察の予定が入っていた工藤さんだった。

「こんにちわ、工藤さん。どうだい、あれから調子は」

 工藤さんはまだ若い女子高生で、ここに来院した理由は「人と会話がかみ合わない」ことだった。

「駄目です。突然友達と会話がかみ合わなくなってしまってから、友達が言ってることが理解できないんです。今まで私が考えてきたこともどこかで嫌悪している自分がいます。先生、私、おかしいのでしょうか?」

 工藤さんはまだ救いようがある。
 彼女は周りとの相違を感じてはいるものの、おかしいのは周りではなく自分だと思っている。

「ほら、最近もテレビに乱入した男が銃殺されたじゃないですか。やっぱり私はおかしいのかなって……」

「そうだね。あの男は完璧に狂っていたね。一部の情報だと違法ドラッグを摂取していたらしいからね」

 そんな情報は嘘、でまかせである。だが、たとえ嘘だろうとなんだろうと情報が氾濫している現社会では事実を調べようがない。
 それに、あの男はよくやってくれた。
 あれだけ叫び喚き感情のままに暴れれば正に狂人であり、男が発言している考えを無視した上で人に不快感を与えるのだから。
 本質のすり替えとも言える。

「でも、君はまだ狂っていない。そうだろう?君は自分のそういうところを失くしたいんだ。だから、大丈夫。自分を信じて」

 人は落ち込んでいる時や苦しんでいる時に分かりやすいレールを引いてあげると喜んでレールの上を走る生き物だ。
 
「今日、そんな君に最適な薬を処方する。だから、その薬を飲んでゆっくりと眠ってごらん?飲む前に自分に願掛けをすること。治りますようにと三回ね」

 でないと、違った効力を発揮してしまうかもしれない。
 それは当然、心の中で思った真実。

「ありがとうございます、先生」

 そう言って、少しだけ世間話をして、工藤さんは帰っていった。
 
「彼女は大丈夫そうだな」

 全ての精神患者がみな彼女のようなら僕の仕事も捗るのだけれど。

「あの……」

 帰ったと思っていた工藤さんが診察室の扉を開けてひょっこりと顔を覗かせた。

「先生にはお世話になっていますし、ほんのお礼です。飲んで下さい!」

 頬を赤らめて両手で差し出されたオレンジジュースの缶。
 十歳も年は離れているけど悪い気はしないな。可愛くていい子じゃないか。それに、偶然にも僕が大好きなメーカーのオレンジジュースだ。

「ありがとう」

 オレンジジュースを受け取り蓋を開けた僕は一口飲んで笑顔を工藤さんに向ける。

「ありがとう、とても美味し……あ……あれ……?」

 視界がぐらぐらとする。頭が揺れる。なんだろう、この異常な気持ち悪さ……。

「本当に美味しいですかあ?治安維持部隊に配給される覚醒薬」

 工藤さんが大きく笑った。

「君……なんでそれを……」

「知っていますよう、全部。貴方が軍人であることも、精神科医を装って私達みたいな反乱分子を更正させる役割を持ってここにいることも、何人も何人も反乱分子を殺していることもね!」

 工藤さんのスクールシューズが僕の鼻っ面を蹴った。

「貴方達は更生する希望があるものに覚醒薬を飲ませる。しかも、中身は純度の高いドラッグ!飲む前に呟いた言葉が頭に残り、そのまま協調性を持った人間に``覚醒``させる。これって、ただの洗脳ですよねえ?」

「君達は……間違っている……」

 血の止まらない鼻を押さえて痛みに涙しながら言えた言葉がそれだけとは、情けない。

「当たり前ですよねえ、人間なんだから。そもそも無理なんですよう。全国民を統一するなんて。それも、何年もかけてテレビや新聞、ラジオや映画にサブリミナルを使ってするなんて、ただの偽物でしょう?なんで偉い人たちは分からないんですかねえ、日本には情報の伝わらない、所謂過疎地域には通用しないと」

「だから……」

「だから過疎地域に住む者を根絶やしにした?頭の悪い人たちですねえ。世の中登録されていない人間なんて山ほどいるんですよ?国の力を過信しすぎじゃありませんかあ?」

 これは、危険だ。こちらが危惧していたことが起こっている。
 反乱分子をが徒党を組んでしまうなんて。伝えねば。誰にでもいい。伝えねば……。

「さて、話はこれで終わり。あとはきちんと死んじゃってくださーい」

 スクールバックから取り出された刃渡り十五センチはありそうなサバイバルナイフが容赦なく僕の体を突き刺した。

「この狂った世界を変えるにはまだまだ時間がかかりますねえ」

 狂ってるのはお前たちだ。その言葉を言う力もなく、力尽きた。



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