暗
□先と端
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「ねえ、知ってる?」
「知らない」
考えるよりも先に言葉を返す。
いつもいつもそうだから。雪の話す最初はいつもそう。"ねえ、知ってる?"で始まるのだ。
知り合って間もない頃―中二の時、か。もう随分前になるな―は興味も有り、度々耳を傾けていた。
が、それから三年、毎日毎日、会う度に雪は言う。お蔭様で俺は雑学王になってしまいそうだ。
雪の情報はテストに載らない訳だし、その源が尽きる事はどうやら無いらしい。
「あのね」
考えるよりも先に言葉を返す。その速度で返せば興味が無いと理解出来るだろうに。雪はお構いなしで、いや寧ろ笑顔で口を開く。
毎度ながら、変な奴。
「最近、自殺する人間が増えてるんだって」
「へえ、そうなんだ。でもそんなん昔からだろ」
情報を与えられると半ば諦めてしまうのかなんなのか、疑問に思った事を聞いてしまう。
しかし、朝っぱらから重い話だ。胃がずんと重たく軋むぞ、こら。
「今までの比じゃないんだって。四日前は十五人、三日前は三十人、二日前は六十人、昨日は百二十人」
「倍々だな」
「そうなの!」
……しかし、ニュース見ようかな。こんな大事な話を知らないなんて。
いや、大体担任達はなんだ。どうせ原因不明なんだろうがこれはいくらなんでもおかしいだろ。普通、休校にするものなんじゃないか?
母さんも母さんだ。片親で仕事出づっぱりだからって……、あの人もニュース見てないな。
「原因はね」
「解明してるのか?」
「いや、さっぱり」
「だろうな」
しかし、その速度で人が死ぬと人類滅亡するんじゃないか。
まあいいか、その時はその時だ。
今を生きる現代人なら、大半は死んだ方が楽だろう。きっとそう。
「でね、でね、地域もあって――」
要するに、北から順に少しずつ南に降りて来ているのだとか。
じゃあこの辺鄙な場所にもいつか来る訳だ。その時が。
「恐いねー」
「はいはい」
そう言い流してしまいたくなる程に雪は無表情だった。
昔からそう。雪は情報を伝えたいだけだ。情報に個人的な興味は無い。
そして、情報を伝え終わるとまるで抜け殻になってしまう。
それが割と、寂しかったりする訳なのだが。
その日、家に帰ると久々にテレビを点けてニュースを見た。
わざわざチャンネルを変える必要は無く、どのチャンネルもあの話で持ち切りだった。
いや、流石地方チャンネルと言うべきか、我等が誇る地方チャンネルは"どすこい侍丸~不景気がなんじゃい~"を放映している。
情けない。情けないな、地方チャンネル。
ニュースは雪に伝えられた情報と一致していた。自殺した人間の家族の話、状況、現場。
詳しく調べはしても何も解ってはいないようだ。
『尚、現在入った情報によりますと、昨日の自殺者は百二十人との事です。ご冥福をお祈り申し上げます』
しかし、全局総出で国民の不安を煽るとは恐れ入る。
彼等マスコミは言うんだろうな、これが正義だと。
なら、その正義の力を元にお願いだから現状を打破して戴きたい。
因みに、NASAもこの異常事態に腰を上げているのだとか。
そんなNASAからのコメントは、未だに塵一つ発表が無いらしい。
こんな時映画なら、誰かが何かに気付くんだろうな。盛り上げ所が無きゃ、寂しいもんな。
溜め息を一つ。
テレビを消すと俺は、今日も酔っ払って帰ってくると思ってた母親の為に夜食を作っていた。
朝、その夜食を結局自分で食べる事になってしまったのだけれど。
雪が俺に奇怪な情報を伝えた日から四日が経った。
実際学校に来る必要は無いのだけれど、母親も死んで一人になった俺に親族からの声はかからなかった。
仕方がないと思う。母親は自殺したのだから。
この高校の教師や生徒も沢山死んだ。
俺の教室は三階だから、階段で自殺した馬鹿のせいで血がぬめって慎重にならざるを選なかった。
いつも座れない窓際の席に座る。
するとグラウンドには夥しい程の死体がある。
あれは全部屋上から飛び降りた死体だ。
きっとこれが地獄絵図とでも言うんだろう。
「死ぬよな、俺」
「死なないよ、君は」
雪はそこに立っている。美しく白い肌は世界で一番綺麗であろうに。長い髪は世界で1番可憐だろうに。
雪はそこにいて、雪はそこにいない。
「あ、そっか。もう死ねないか、俺」
「残念ながら、そう言うこと」
何処でだか記憶はない。だけどそれなら皆幸福なんじゃないか?恐怖も痛みも感じなかったなら。
「で、教えてくれるか?今回の情報」
「知りたい?」
雪はにこりと満面の笑みを近づけてきた。
こんな屈託の無い笑顔だったとは知らなかった。知っていたらきっと俺も笑顔でこう返せる筈。これからはずっと笑顔でこう返せる筈。
「知りたいな」
人が滅ぶ道を二人で共に見詰めながら。
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