□僕だけの世界
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 産まれた時から僕は拘束されているようなものだった。
 行動が制限されてしまえば、それはつまり拘束と同じと僕は感じたのだ。
 許された事は少なかった。目をぎょろぎょろと動かしたり、視力と聴力から手に取れる情報を元に、死ぬまで答の出なさそうな問題を、ただ、ただ考える事だけだったのだから。
 僕に右手や左手、それに足や舌といった概念はない。体がピクリとも動かないのだから、僕は芋虫以下の動物になる。

 僕が産まれた事は奇跡だといつしか聞いた。
 そして僕の親は、多額の金を貰う代わりに僕を、この白い、窓の一つもない空間に閉じ込める事を許したと聞いた。

 そんな事が起きたのはもう幾年も前の話で、正直僕はそれを怨んだり、怒ったりはしなかった。
 長い年月を生きてると、脳が無事で尚且つ情報を得られる能力があるなら、知能は正常、いや、それ以上になったからだ。
 考える時間が人より多いからだろうか?
 白衣に身を包んだ彼等が、毎日決まった時間に来て勉強を教えるからだろうか?
 僕には知り得ない事だが、たまにそうやって答のない問題を抱える事がある。
 だけど―学者曰く―常人より知能が発達した僕は、直ぐに答が出ない事にため息を吐いてそっぽを向く。
 この無気力な白い空間に、僕のため息はどれだけ詰まってるのだろう?
 少し考えて、自分を笑った。


 僕の一日は朝の八時から始まる。
 何年、何十年繰り返してかは解らないけれど、反復された行動は信頼のある物で、8時ぴたりに目を醒ます。
 八時三十分になると口に管を突っ込まれて、流動食の類を流し込まれる。
見えはしないから、そう聞いただけだ。
その方が体に良いのだそうだ。きっと、内臓を使わなければ腐るといった簡単な理屈だと思う。
 九時。勉強が始まる。と言っても、だいたいの事はもう覚えたから今は物語を聞いている時間が大半だ。
勉強も面白かったが、これも中々に面白い。

「今日はダズコックに伝わる話を聞かせてあげよう」

 白衣の男の言葉に、僕は目をギョロリと開いて反応した。

「うん?どうしたのかな?」

 瞼をぱっちりと開き、眼球を横にぐわんぐわんと振ってみせる。

「うーん……そうか、これはもう読んだのかな?」

 こくり。それを目だけで伝える。
 すると白衣の男は、微笑みながら「すまない」と謝り、新しい本を取りに行った。
 間髪入れずに一息をつく。どれだけ経っても会話には馴れない。
 相手の心と自分の心が交わる事に酷く醜を感じる。
 僕は何も望まずに、ただこうしていたらいい。
 この白い部屋はシミ一つない。これは僕の世界だ。
 もしかしたら足元や隅などは埃だらけなのかもしれない。それを仮定したとしても、それは彼等の世界だ。
 僕は僕の世界にいたい。それだけでいい。

 思いを巡らせていると、白衣の男が新しい本を持って戻ってきた。
 唯一の外界との時間。
 数多の力を自分に飲みこむ事が出来る時間。
 今までに何千という物語を知ったが、人間というのは足や手が生えていてもろくな事が出来ないようだ。
 口が動くのに言葉を話さなかったりと、自分の能力を能力以下に使う彼等はきっと僕よりも愚かだろう。
 二日前に聞いた話など鼻で笑いたくなるような話だった。
 内容を要約すれば、敵だと思っていた者が味方で、精神の不安定によりそれに気付かず、そして味方を攻撃して死んでしまう若者の話だ。
 極普通に考えたらそんな行動はしないだろと言いたくなる。

 十二時になると、読書の時間は一度休憩になる。
 いつもなら白衣の男が直ぐに出ていくのだが、今日は違った。

 白衣の男が目を手で覆い、ぐすぐすと音を漏らしている。
 手で拭う水滴。彼は泣いていた。

「もう、やめましょう」

 何をだ?
 困惑した色を目に込めて男を見詰めた。

「こんなこと…何にもなりません!」

 突然言い出す男の言葉に僕は惑う事しか出来ない。きっとそれは目に出ているのだろうが、僕はそれとは別に違う事をした。
 強く、強く、男を睨んだ。
 なぜ僕がそれをしたのかは解らないけれど、男が何も言わずにすごすごと帰っていったのだから良かったのだと思う。

 そして僕は、僕しかいない筈の白い空間の中で、誰かの声を聞いた。

「本当に、鼻で笑ってしまうような話だな」

 そいつが誰かは解らないけど、きっとそいつは僕を嘲笑っている。
 頭の中で僕は、そいつの頭をバットでかち割った。



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