鏡の国のぼくら
□TONE01:迷いのアリス
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どこまでも広がる青空。
爽快な青空のパレットを優しく彩る真っ白な絹雲。
高台の透き通った空気。
春と夏の間のさわやかな5月の風が何とも心地よい。
そして、豊かな緑の山を背に経つ赤レンガが映える左右対称の厳然たるフレンチ・ルネサンス様式の校舎。
ここは私立・聖名学園。
明治から続く名門の筋や素封家の子弟が入学する事で知られている。
その荘厳な校舎の雰囲気に圧倒されながら、少女は玄関前にある噴水の前で立ち尽くしていた。
少女の名は、坂下亜利子。
両手で旅行カバンを握り締めている亜利子はこの学校の転校生である。
元々の生徒数が少ない学校ではあるが、今日の校舎はがらんとして人気が無い。
天気の良い日は生徒であふれている午後なのだが、今はただ鳥の鳴き声が響くだけ。
それもそのはず、現在はゴールデンウィーク。ゴールデンウィーク真っ只中の今の時期に転校生は珍しい。
春ならば転校生は珍しくも無い。新入生、新しいクラス、新しい教師。春ならば新学期の雰囲気に亜利子もなじみやすかっただろう。
しかし、時期を逃し今は5月。クラスも学校も新しい環境に調和が取れつつある今、うまくやっていけるか彼女の胸は不安でいっぱいだった。
しかし、彼女とて好んで時期はずれの転校生を演じるわけではない。どうしようもなかったのだ。
もちろん良家の子息が集まる学校への転入に心は萎縮してしまっている。
だが、前校から遠く離れたこの地で過ごすと決めたのは彼女自身。
亜利子は手のひらが白くなるほど、旅行カバンを握った手を硬く結んだ。
「もう…失敗は許されない…。」
蚊の鳴くような声で、自分自身に言い聞かせた亜利子はキっと校舎を見据える。
その表情はまるで戦場に向かう兵士だ。
そして亜利子は意を決して走り出す。