小説

□9:熱(長市)
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「長政様…」

市は、恐る恐る夫の部屋の襖を開けた。
返事はない。
そのまま長政が横たわる布団の傍へと腰を下ろす。

「…今度は何だ。熱など出した私を笑いに来たか。」

「…ち…ちが…」

市の方を見もせず、いつもの棘のある言い方。でもどこか弱々しい。
長政は熱を出していた。かなり酷いようで、寝込んでから三日になっていた。
市は数刻おきに様子を見に来ていた。初めは貴様の顔を見ると気が滅入ると追い返されていたが、先ほどは返事がないので中まで入ってきたのだ。

沈黙。どちらも口を開こうとしない。
市は白い顔をさらに白くして下を向いてる。

「長政様が熱を出したのは…市のせい…?」

「……違うといっておろうに…」

これだから嫌なのだ。
市はすぐに自分を責める。すぐに泣く。
見たくない。妻の泣き顔など…

「市。…手を出せ…」

市は熱で赤い顔の長政を見た。その瞳はとても穏やかに見えた。

差し出された市の手を、長政は力が入らずともしっかりと握った。
冷たくて気持ちがいい。

「長政様…?」

「黙れ市…しばらくこのままでいろ…」

ここにいていいと言われたようで、市の顔が少しだけ華やいだ。

「うん…このままこうしていたい…」















数日後、今度は市が熱を出した。


「長政様…市の手、握ってくれる…?」

「う、うるさい!市!誰がそんなことをするか!!!」


熱を出していた時以上に赤い顔で、長政は叫んだ。


































ツンデレっていいなあ。

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