小説

□2:眠れ緋の華(長市)シリアス
1ページ/1ページ




燃え盛る炎は、二人を照らし出す。



「………兄さま…」

市は足もとにうずくまる兄を見下ろし、呟いた。



炎に包まれる本能寺。第六天魔王…そう呼ばれ恐れられた男。
織田信長はもう、ぴくりともしない。


「やったよ…長政様。全部、やっつけたよ。悪は全部。」


笑う市の手には血に濡れた薙刀。


「ねえ、長政様……お返事…して?」


燃え盛る炎。その轟音だけが本能寺を満たしていた。
市は崩れ落ちるように座り込む。


「長政様、長政様、長政様……」


小さな唇から零れるのはここにはいない者の名だけ。
そして美しい瞳からは涸れることのない涙。

苦しい…
息ができない…熱いよ…会いたいよ…


長政様……











『めそめそと泣くな!市。』







市の顔に、愛しい人の指が触れる。

「長政様…?」

ここにはいないはずの人。
だけど、市には見える。聞こえる。目の前にいる。

「長政様…ごめんなさい…ごめんなさい…」


『もうよいのだ。私はお前を恨んでなどおらぬ。』

「本…当…?」

薙刀が手から零れおちる。


『市…辛かったであろう?もうよいのだ。何もかも。さあ…』

長政は腕を広げ、微笑んだ。

「長政様…っ」

市は長政の胸にすがりついた。


あなたの胸の中で、市は………………



蛇の甘い香りがしたのと、本能寺の天井が崩れ落ちたのはほぼ同時だった。

















最期に逢わせてあげたかったんです。
市のストーリーは悲しすぎる。
この長政様が本物か幻かはご想像にお任せします。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ