ゴ ー ス ト ハ ン ト
□ Psychedelic Heroine
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というわけで、部屋に戻って荷物の片づけを始めた。
『…はあ』
「どうした、はる坊?ため息なんかついて」
『え?あ、いや…大したことじゃないんだが』
さっきからずっともやもやする。なんなんだよ、もう!
…麻衣とナル、仲良かったな。そういや麻衣だけ呼び捨てだもんな。綾子や真砂子は苗字で呼ぶくせに。
いいな…。て、あれ?そういや俺も名前じゃないか。気付かなかった。いつから呼んでたんだろう。
まあ、でも俺の場合は見た目じゃ“黒崎くん”で問題ないが中身は“黒崎さん”なわけだから名前で呼ぶのが一番手っ取り早いもんな。
待て待て待て待て。なんで俺はこんなこと考えてんだ?ナルが誰をなんと呼ぼうが誰と仲良かろうが俺には関係ないじゃないか。
そうだそうだ。ナルなんて知らない。俺には関係ない。
けどなんでだろう。消そうとすればするほどナルが俺の脳内を支配する。
『ああー!もうなんなんだよ!!』
「………本当に、どうした…?」
『もやもやするんだ。でもその理由がわからん』
「体調が悪いとかじゃなくて、か?」
『ああ。もう頭ん中ぐちゃぐちゃだよ。こっちに来てから体調崩すわこんな気持ちになるわ、も〜!これから宿も仕事も探さなきゃなんねえのに。こうなったのも全部アイツ(藍染)のせいだ!』
「言い辛かったらいいんだが、何で家出なんてしたんだ?」
『俺は家出したなんて一言も言ってねえよ。まどかが俺の話をそう解釈しただけで』
「やっぱりそうか。おかしいと思ったんだよな。家出の割には荷物も所持金も少ないからな」
『そりゃそうさ。だって俺は下宿先から家に帰る途中だったんだから』
「どないして東京に来ることになってしもうたんです?」
ジョンが訊く。
『この際、隠しても仕方ないから言うが…ある人物に飛ばされたんだよ、俺。別の世界からな』
あーあ、言っちまった。まあ、信じてもらえるとは思ってないし案の定ジョンは間の抜けた顔をしているし、ぼーさんは何やら考えてるし。
そのぼーさんが顔を上げて言った。
「それって…トリップか?」
『………はい?』
まさかこんな真面目な返答がかえって来るとは思わなかったからつい素っ頓狂な声を挙げてしまった。
「トリップ。つまり今いる世界から別の世界に飛ぶことだ。パラレルワールドって言やいいのかな。はるはこの世界と並行して存在するもう一つの世界からこっちに来ちまった。そうだろ?」
『そうなの?』
「俺が訊いてんだけど」
「でも滝川さん。本当にそんな世界は存在してるんですか?聞いたことあらしませんけど…」
「ここ最近、トリップの例は実際に報告されている。まあ不可能な話じゃないさ。物が消えたり現れたりって現象があるだろ?あるはずのない場所に物がなかったり、ないはずの場所に物があったり。物理的には説明できない現象がさ。現にこの家でも壁の向こうに生身の人間が引きずり込まれてるだろ?だからそういう力は存在するんだ。ま、俺もトリップしてきた人間は初めてだけどな」
「瞬間移動…みたいなもんですやろか?」
「理屈としてはそうだな。ただ、どこに移動するかってなだけで」
『どうやったら俺は元の世界に戻れるんだ!?』
「さあな」
「でも黒崎くんが別世界の人間という証拠はありませんよね」
「まあな。でもはるの霊能力を持ってすれば不可能なことでもないだろう。それに飛ばされたって言ったな?どういうことだ?」
『最強最悪な奴にな。詳しいことは俺もわかんねえ。気づいたら公園にいて、まどかに会って…って感じだな』
「その世界にはご家族とかもいてはるんですよね?きっと心配されてはると思いますです」
「そうだな…」
『ま、なんとかなるだろ!さ、もうこの話はおしまい。さっさと帰る準備しちまおうぜ!』
俺は荷物をまとめ、機材の片づけの手伝いをしていた。
このまま終わるはずだった。
しかし、恐れていた事態が発生した。
──真砂子が姿を消したのだ。
血塗られた迷宮 #4
暗い顔をした麻衣が綾子と共にベースへ現れた。
どうしたのか、と聞けば真砂子が消えたと言う。もちろんナルは麻衣を叱った。
「どうして一人で行動させたんだ」
「…ごめんなさい」
麻衣は今にも泣きそうだ。それもそうだ。この家で失踪した人間は死体で見つかったばかり。失踪は死を意味すると言っても過言ではない現状。
「二人はどうして?」
「撤収するってホテルでメッセージを聞いて手伝いに来たんです」
ぼーさんの言う二人とは安原さんとまどかのこと。
「まさか…こんなことになってるとはね…」
『早く見つけださなきゃな』
「とにかく、空白部分を探そう」
「はいです!」
「はいよ」
「…?…渋谷さん?どちらへ?」
ジョンが問う。
「先に行っててくれ、原さんの荷物を見てくる」
言ってナルはベースを出て行った。
そこから空白部分の捜索を開始したが真砂子は見つからなかった。
「まずいな…半日過ぎちまった。残るはX階か?」
「ええ。ここですね」
「よし、壁の薄いところを探そう」
男手で壁の破壊を試みる。
真砂子はどこだろう。近くに気配を感じない。生きているのだろうか。
もし死んでいて、魂だけで助けを求めに来ればわかるのだが、そういう様子もない。