ゴ ー ス ト ハ ン ト
□ Psychedelic Heroine
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[ October day1 ]
「で、はるちゃんよ」
『なんだ?』
前を走る森下家の車についていきながらぼーさんは口を開いた。
後部座席では麻衣と礼美ちゃんが楽しそうに会話をしている。
「俺、まだ今回の依頼内容聞いてないんだわ」
『ああ。なんでも典子さんの友人─松江美樹さんっていうらしいんだけど、今年の夏休みに夫の実家に娘と三人で帰省してたらしいんだ。田舎の中の田舎らしく…ほら、家の周りは一面田んぼです、みたいな感じで実家も相当古いらしいんだがそこでは夜な夜な誰かが走るような音がするらしい』
「ありきたりだなー。そんなんでよくナルちゃんが引き受けたな」
『ああ。その村ってさ、昔から色んな逸話があるんだよ。神隠しだの人を喰う屋敷だの、とにかく気味が悪い村らしいよ』
「んなの、ただの言い伝えみてぇなもんじゃねえの?気味が悪いってのもそういう話を聞いたからそう思うだけだろ」
『依頼人の娘の莉緒ちゃんがさ、名前を呼ばれるって言うんだ。知らないお兄ちゃんがいつも名前を呼んでくるんだって。それを美樹さんが気味悪がって、典子さんに相談したところSPRならきっと解決してくれるってんで依頼が来たらしい』
「そりゃ気味が悪いな」
『美樹さんの旦那さんが子供の頃、お兄さんが神隠しにあってるらしいんだ。だから娘も危険なんじゃないのかって気が気じゃないらしい』
「神隠しは今でも続いてんのか?」
『いや…どうだろう。そんな話は聞いてないが、まあ…行って聞けばわかんだろ』
「でも今は十月だぜ?神隠しがその村で起こるってんなら都会の自分たちの家に戻ってればいいじゃねえか」
『まあ、事の発端である実家を調査してもらいてーんじゃねえの?』
山の中をしばらく走って長い長いトンネルを抜けると辺りは急に時代を巻き戻したかのように田んぼが景色を埋め尽くした。
ところどころ家が建っているだけで店らしい店はない。
ここだけ現代から切り離されたような感覚に落ちるほどだった。
『うわっ、想像以上だな』
「本当に田んぼだらけだね」
はしゃぎ疲れて眠ってしまった礼美ちゃんに膝を貸してあげた麻衣が会話に参加してきた。
「二十一世紀とは思えないな」
言って笑うぼーさん。ほんと、ここら一帯に住む人はどうして生活してんだろう。自給自足か?畑もあるみたいだし。
それから田んぼを進み、我々は村の奥へ奥へと向かっていった。
車はとある家の前に止まり、我々は車から降りた。
今日は天気が良く、秋というのに日差しがジリジリと肌を焦がし、風が頬をすり抜ける。
あー、白いTシャツ着てくりゃ良かったぜ。黒だから太陽の光を集めて暑いのなんの。
…どうして同じ黒を身にまとっているあちらの美少年はあんなに涼しげなんだ?謎だ、ミステリアスだ。
幽霊なんかよりずっと未知な存在だと思う。
家はまさに旧家といった造りで幽霊がいてもおかしくないような様相だった。そういや、村の中でもこっちの方はなんだか嫌な感じがするな。
気味が悪いっていうのよりは嫌な感じ。見た目はなんの変哲もないただの田舎の風景が広がる村なんだが…。
家の中から一人の女性が出てきた。典子さんの友人の松江美樹さんだ。
「典子からお話を聞いて、依頼させていただきました。松江美樹です。あの…所長さんはどなたでしょうか」
「僕です」
「え……」
これは毎度お決まりだな。そりゃこの若さで所長…って今まで何度言ってきたことやら(麻衣が)。
「失礼しました。余りにもお若いので。どうぞ、中へ。」
美樹さんに案内されて家に入る。
玄関を一歩入ると、中はさほど古くはなかった。リフォームでもしたんだろうか。
客間に案内されて、そこで少し待つと旦那さんがやってきた。旦那さんの腕の中には幼い女の子が。
「ご足労おかけしました。美樹の夫の松江司朗といいます。この子は娘の莉緒です。こう見えて四つになります」
司朗さんの腕の中の莉緒ちゃんはどう見ても四つに見えなかった。幼児に比べたらさすがに成長しているが、同じ年の子たちに比べたら明らかに未発達だ。
「渋谷サイキックリサーチの所長、渋谷一也です」
「他の方々は…?」
「助手の林興除と申します」
「同じく谷山麻衣です」
『黒崎はるだ』
「俺は高野山の元坊主で滝川法生。協力者みたいなもん」
「みなさんずいぶんお若く見えますが…。失礼ですがおいくつですか?」
そりゃそうだろう。麻衣と俺に至っては高校生なのだから。ナルは俺たちより一つ上なだけだし、ぼーさんは二十代、リンさんは年齢不詳だがぼーさんより少し年上なんだろうことが外見から伺える。
「十八です」
ナルが言う。
「では本題に入りますが、夜になると人が家の中を走り回るような音がするとか」
答えたのは美樹さんだった。
「はい。この家には義母が一人暮らしでして。去年の春、義父が亡くなったものですから夏休みには帰省するようになったのです。義母の腰が悪いので一人暮らしは心配で。」
「一緒に住もうと言っても断固として首を縦に振らないんです。父と暮らしたこの家で余生を送りたいと言って。」
付け加えるようにして答えたのは司朗さん。
「最初は…去年の夏、帰省して半分を過ぎた頃でしょうか。夜、寝ていると誰かが走り回る音が聞こえて目が覚めたんです。隣で夫は寝ていましたし、莉緒はその頃ようやく歩けるようになったばかりでしたので…すごく気味が悪かったんです」
『お祖母さんは腰が悪くてとてもじゃないが走ることはできない。泥棒ならわざわざそんな物音を立てるようなことはしないしな』
「はい。翌日になって家中を見て回りましたが、どこも荒らされているような形跡はなくて…。その日を境に数日に一度の頻度で足音がするようになったんです。最近では毎晩」
「その足音を聞いたのは美樹さんだけですか?」
「俺も聞いてます。でも母はそんなの聞こえないと言い張ってて…」
「その足音が続くのはだいたい何分ほどですか?」
「日によって変わります。短い日ではそこの廊下を端から端まで走るくらいでしょうか。長い日では十分ほど…」
『足音の軽さはどのくらい?子どもか大人か』
「軽いです。子どもだと思います」
「現象に心当たりは?」
「それなんですが。俺思うんです。実は…」
司朗さんが言い掛けたときだった。勢いよく襖が開いて一人の老人が現れた。
「司朗、どういうことじゃこれは!こやつらは何者じゃ!」
「母さん、客人だよ。渋谷サイキックリサーチの方々だ」
「霊能者かい?あれほどいらんと言っただろう!わしゃ信用せんぞ。そもそもこの家には何もないんじゃ。何を見てもらうつもりなんだい?」
言い合っている親子の間を割るようにナルが挨拶をした。
「渋谷サイキックリサーチの所長、渋谷一也です。祖母の和江さんですね?」
「帰れ。この家に貴様らなんぞ必要ない」
お祖母さんは言って、その部屋から去っていった。
「大変申し訳ありません。母がお騒がせしました」
「この話を持ち出してからというもの、ずっとああなのです。私たちはあなた方のことを信頼しているので、どうぞ子どものためにも…よろしくお願いします」
言って二人は深々と頭を下げた。